★「がんばる」ことの弊害
ということで教室の子どもたちは、「がんばる」がテーマの作文を書いています。![]()
木曜クラス(小6から中2)では、このネタで1時間半も盛り上がりました^^「がんばる」ってどんなイメージがあるかをみんなで話したときです。
・がんばれ!と言われると、嬉しいときといやなときがある
・言われ方によっていやなときがある(女子)
・自分で「がんばろう」と思うのは良いけれど、言われるのは・・・
・自分で何かにがんばっているとき、誰かに「がんばれ」と言われると、まだまだ努力が足りないのかなと思って、もっとがんばろうと思う(男子)
・「がんばれ」と「がんばったね」は同じ言葉なのに、印象が全然違う
まあ、もっといろいろ出たのですが、忘れてしまいましたが![]()
ちなみに私ぶんぶんは、「がんばれ」と言われるのは好きじゃありません。こんなにがんばっているのに、未だ何をがんばれと言うの?と思い辛くなります。これはきっと子どものころの体験がそう感じさせてるように思います。
しかし、「がんばったね」と言われるのは大好き♪そう、私こんなにがんばったの~~と自分で自分を認めてあげて褒めてあげて、あまーいシアワセな気分になります。そしてまたがんばる気持ちが湧いてきます。
それはさて置き、「がんばる」について改めて考えてみました。
小6ぐらいまでだと、「がんばる」ことは良いことだと思っている人が多かったのですが、年齢が上がると、もっと複雑なイメージを抱いていました。とは言え、私が感じていたほど「がんばる」という言葉について、悪い印象は少ない気がしました。
子どもたちは小さい頃から何事も「がんばる」ことはいいことだと言われ、子どもたちはがんばっています。勉強、スポーツ、習い事などなど、がんばることもいろいろです。昔もそうでしたが、今の子どもの方がスケジュールがきつくなり、いろんなことをがんばらなくてはいけない。だから、疲れている子どもが多いのではないかと思っていたのです。
きっとぶんぶん教室の空間は、表現の場でありながら、ゆるゆるの力の抜ける場所でもあるので、子どもたちは適度に力を抜いているのかもしれませんね^^長く来てくれている子どもたちのクラスなので、生きることに疲れていなくてよかった~「ぶんぶん効果!」と喜んでいます。
また、「がんばる」というのは結果でなく過程です。がんばった結果がたとえ芳しいものでなくても、「がんばった」ことには変わりないのだから、十分に褒められるのに値します。しかしどうしても大人は「結果」を見てしまいがちです。
がんばって受験をしたけれど、結果が希望どおりではなく、「自分は全くダメな人間だ、良いところなど一つもない」と、自己否定に陥ってしまうことも少なくありません。自分のことが大嫌い、という子もいます。
「自己肯定感」は成長していく上で、人間として一番大切なものであり、その人の中心です。それが欠如していることは、私たちが思う以上の大きな問題だと思います。全てに関わってくる「感覚」だからです。でも、気がついたならいくらでも変えていけます。もし心当たりがあるなら、今から変えていきましょう。
子どもががんばったら、また、「大人の都合」でがんばらせたら、ぜひその結果でなく、「過程」を見つめて評価していって欲しいものです。もっと言ってしまえば、結果などどうでもよくて、またがんばってもがんばらなくてもその子はその子。存在しているだけで素晴らしいのだから^^
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(松戸市小金・東漸寺にて撮影)

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