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2006.03.13

★「理解できないこと」を理解する

オータニとの今日の会話が面白かったので、ここに載せますね。

オータニというひとは、前にも登場しましたが、私の若かりし頃からの「飲み友」です。今はマレーシアで日本人向けに塾をやっており、そこで作文も教えています。

以下、彼のブログ、マラヤ通信の記事「ヘレン・ケラー」のところでの、オータニとのやりとりです。


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僕は「愛」という言葉が理解できないので、「親切」に置き換えています。・・・というところに続けて・・・


親になると愛という言葉が理解できたような気がします。 でもそれが全てではない。男と女の愛といったとたん、わからなくなったり。ポルノグラフィティの歌詞に、「悲しみも喜びも僕の持つたくさんの名前のひとつだから」と僕(=愛)が歌っていて、なるほどと思ったり。 あとね、慈愛という言葉も、それを持つ人を前にすると、体験する(感じる)ことができます。それから言葉とルールは愛の為にあって欲しいと思います。愛が全ての始まりであり終わりであると思っています。

2006/3/12(日) 午後 9:17 [ ぶんぶん ]


ぶんぶんへ。たぶんそうやって、辞書の説明ではない、自分なりの言葉の意味をみつけていくのだろう。だから一人一人、言葉の意味範囲が違ってくる。それが言葉の面白さでもあり、怖さでもあると僕と思います。

2006/3/13(月) 午前 8:17 [ otiani ]


なるほど。 言葉の面白さと恐さ。肝に銘じておくね。 面白さは十分感じてきたけど、とくに子どもから。 最近は恐さ、というかどんなに言葉を尽くしても 理解し逢えない、かなしさを感じています。

2006/3/13(月) 午後 1:56 [ ぶんぶん ]


ぶんぶんへ。海外に住んでいると、「異文化理解」というテーマで生徒と話し合うことが多い。異なる価値を理解しよう、という面よりもむしろ、どうやっても理解できないものがあるってことを理解する、そういう側面をしっかり考えたいっていうのが、現在のテーマです。男女間とか環境の違いとか、日本にいたって、人との出会いは異文化体験だよね。

2006/3/13(月) 午後 4:53 [ otiani ]

「理解できないものがある」ってことを理解する、か。ステキですね。 そういえば前に、ある哲学の先生の授業を聴きにいったとき、いくら聞いてもわからない。日本語喋ってるのにわからない。わからないことってあるんだ!と感じたことを思い出したよ。 今日他の人とした会話。 一番大事な友人だったり恋人だったり、そういう人に限って、大事なことが理解し合えなかったり。だからこそ面白いんだと。だけど結果ではなく、理解し逢おうというプロセスが大事だと。子どもとのかかわりもそうですよね。

2006/3/13(月) 午後 5:14 [ ぶんぶん ]


理解の強要は関係の死。本当にそうですね。 わたし、たくさん殺したかも、関係を。 ところで、ヘレンケラーのところのコメのやりとりがおもしろかったので、わたしのブログに載せていい?ヤフーのブログは、コメントの長さ制限があるんだね。一度にかけなかったので。なぜかこちらに、書きました。

2006/3/13(月) 午後 5:17 [ ぶんぶん ]


ぶんぶんへ。こちらがヘレンケラーの方なんだけど(笑)。どうぞ載せてください。ぽくの場合、距離感不全症候群なので、英語という不自由なコミュニケーションツールを使ったぐらいがちょうどいいかも。

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