★表現は自由への砦
今○秘で作っている、作文指導者向けのテキストの扉に、こんな文章を載せてみました。
ちょっと気負いすぎました。でも、今の気分です。「表現は自由への扉」とは、友人の幾島さんとの、言葉遊びの中で出てきたものです。素敵でしょ?名刺にも入れるんだっと。
これはもちろん、クイーンのミュージカルを見に行ったから、生まれた言葉です。ということでナオ師匠も、ありがとう。このように、わたしが歌やギターに惚けているのも、ちゃーんと仕事に役立っているというわけですよ♪
書くって楽しい! 思うって気持ちいい! そんなのはとっくに、通り越してます。
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「表現は自由への砦」
言葉は言葉の世界を越えられない
言葉は思っていることの半分も伝えることができない
言葉は人を生かしもするし、殺しもする
だからこそ私たちは、言葉の善き使い手になっていこう
言葉はコミュニケーションの道具であり
自己表現の道具であると言われる
だけど本当はもっと奥深い
言うなれば言葉は、世界の愛を感じるための
愛を深め自分を愛するための
そして愛を世界に伝えるための道具なのだ
そして書くことは
言葉を、愛を、深く深く自分の内面に染みこませる方法である
そのためには書くことの技術も必要だ
同時に「何を表現したいか」がもっと大事だ
それは心の叫びでもある
心の成長なくして言葉の成長は在り得ない
書くことを子どもに導こうとする者は
子どもの中に「表現したい主体」を養っていくのだと思って欲しい
たんなる「作文指導者」ではない
そして表現したい主体を導く者自身も
「表現したい主体」を持ち続けなければならない
でもそれはとてもシンプルなこと
子どもの心に寄り添えばいい
そうして自身に問い続ければいい
迷ったり分からなかったりしてもいい
「分かろうとする気持ち」さえ持ち続ければいい
「表現は愛に基づく」という魯迅の言葉を心に
そして「表現は自由への砦」である
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コメント
あの、添削するようで申し訳ないのだけど、魯迅のことばは、「表現は愛に基づく」です。
それと、「表現は自由への扉」なのか、「表現は自由への砦」なのかで、意味が大きく違ってしまうような気がします。「砦」だと「何かから防御する」「自分の中にあるものを守る」というニュアンスになるように思います。「扉」だと「こちらと向こうを繋げるもの」ということだと思う。
投稿: おおたに | 2005.07.27 13:52