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2005年7月

2005.07.30

★「お母さんだからヘンなんだよ」

友人に言われた、あっちの世界というのが、何だか気になって、帰ってから娘(中3)に聞いてみた。

「ねえ、お母さんが歌たり、ギター弾いたりするのって、他の人がテニスしたり、旅行に行ったりっていうことと、同じなんだけど、なんか、ギターとか歌って、ヘンかなぁ?」

すると娘は、勉強してるらいし手を止めて、即答した。

「歌やギターがヘンなんじゃないよ。何をやろうと、お母さんだからヘンなんだよ

ムム。ぼーっとしてると思ってたけど、なかなか鋭いことを。。。おまけに。

「やってることは違うんだけど、シンちゃんのお母さんと同じ種類だと思う。あと、いづみちゃんのお母さんとかも、一緒」

ああ。さすがわが娘。そこまで分かってるなら、大丈夫だよ。きっとどこかに、キミを入れてくれる高校があるだろうね。


実は、この話の少し前。私は娘と息子(小6)に宣言した。

「ギターや歌をやってるお母さんと、それはしないで、もっとお母さんらいしお母さんと、どっちがいい?」

息子「う~ん、ギターはうるさいからなぁ」

私「ふう~~ん。ならお母さんらしいお母さんになって、勉強したの?宿題は?ってうるさく言ってもいいんだね」

息子「それは、いやだ。いいよ、今のお母さんで」

私「うふふ。では、よろしくね」

やった!誘導尋問みたいだったけど。ま、いいか。

でも、もう少しだけ美味しいご飯を、ちゃんとした時間に作ったり、冷蔵庫に何か入れておいたりするよ。学校のことも、もう少し頭に入れて置くようにするよ。掃除は・・・みんなでやろう!買い物は、嫌いなんで、好きなひとがやってほしいよ。

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★孤独と快楽

先日、久しぶりの友人に、ばったり会いました。

「お仕事、相変わらず忙しいの?」
「うん、忙しいよ」
などと言葉を交わした後、思い切って近況報告。

「実は私ね、最近遊んでるの。歌うたったりしてるんだよ~」

と言ったら。。。

「知ってるよ~」

「え?どうして?話したの初めてだよね?」

「情報化時代だもの。もう、みんな噂(言葉忘れた?)してるよ。
もう、あっちの世界に行ってるって。でも、楽しければいいんじゃない?」

・・・えっと、あっちの世界って、ドッチの世界なんだろう?噂って、みんななんていってるんだろう?どんなふうに思ってるんだろう?その時の表情は?・・・友人に聞いてみたい気もしました。

でも、その時なぜか「恐い☆」という感覚に囚われ、聞けませんでした。


とは言え、落ち着いて考えてみれば当たり前で。飲み友・ひゃくたの運営するNPO「ねばぁらんど」のホムペでも、書いてあるし、ここでも書いてる。もちろん、知って欲しいから書いてるわけで。

今思えば、いつものコトだわね。今さら隠してどうする。っていうか、もっともっと、突っ走ろう!なんて思ってしまいました。

自分の人生半分以上過ぎて、疲れてて、辛くて、我慢して、世間を気にして、ほどほどに、目立たず、、、だけでは後半戦、やってけないよ。今まで仕事が中心だったけど、これからはやりたいことを、仕事だと何だとかこだわらずに、「おもいのまんま」にやっていきたい!と思ってる。

それが実は仕事のへの幅にも、つながることが、今さらながら分かったしね。これは狙ったわけじゃないのに、「瓢箪から駒」でした。仕事仕事って思っているときよりも、ふと、違うことに目を向ける余裕が生まれた時、意外な仕事が舞い込んだりするものです。人生予定通りいかない。だから面白い。


人生は辛く生きるものではなく、喜びや愉、快、楽、、、を追求するものだもん。
それでも、どんなにそうしても、、、、人生は辛く、悲しく、苦しく、寂しく、孤独であるけどね。


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2005.07.28

★砦と扉

ひゃ~~~、おおたにに添削されてしまいました。恥。でも、相変わらずな私だぁ。

魯迅の言葉は「表現は愛に基づく」だそうです。もう、にわか知識で書くから、こんなことになるんだよね、といういい見本ということで、お許しを(反省)。おおたに、ありがとう。引用とか、人tの言葉とかは、間違えてはいけません。


さて、砦と扉問題。

「表現は自由への砦」と「表現は自由への扉」。確かに、おおたにの言うように、砦だと、守るもの、扉だと、開かれているものという意味になると思います。

わたしも「扉」も、ふと頭をよぎりました。音が似てるから。そしてこれまでの私ならきっと、「扉」を選んだのだと思う、だけど、今の私は、「砦」なの。何故って?ロッカーだから。。というのは半分本当。

自分の自由とか、心の自由って、守るものだと思うから。自由を奪おうとするものは、私たちの周りにいっぱいある。意外とそれが、親切そうな顔で近づいてきて、自由を奪おうと狙っている。なぜなら「自由」が恐いから。

だから自分の自由は自分で守らなくてはならない。そのために表現する、っていうイメージかな。自由の世界がどこかにあるのではない。扉を開けて自由の世界へ行くのではなくて、生まれながらにあるはずの自由を、しっかりと守る。そのために表現が砦となる。

どうかなぁ?


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2005.07.26

★表現は自由への砦

今○秘で作っている、作文指導者向けのテキストの扉に、こんな文章を載せてみました。

ちょっと気負いすぎました。でも、今の気分です。「表現は自由への扉」とは、友人の幾島さんとの、言葉遊びの中で出てきたものです。素敵でしょ?名刺にも入れるんだっと。

これはもちろん、クイーンのミュージカルを見に行ったから、生まれた言葉です。ということでナオ師匠も、ありがとう。このように、わたしが歌やギターに惚けているのも、ちゃーんと仕事に役立っているというわけですよ♪

書くって楽しい! 思うって気持ちいい! そんなのはとっくに、通り越してます。

  *。。。*。。。*。。。*。。。*


「表現は自由への砦」


言葉は言葉の世界を越えられない
言葉は思っていることの半分も伝えることができない
言葉は人を生かしもするし、殺しもする

だからこそ私たちは、言葉の善き使い手になっていこう

言葉はコミュニケーションの道具であり
自己表現の道具であると言われる

だけど本当はもっと奥深い

言うなれば言葉は、世界の愛を感じるための
愛を深め自分を愛するための
そして愛を世界に伝えるための道具なのだ

そして書くことは
言葉を、愛を、深く深く自分の内面に染みこませる方法である

そのためには書くことの技術も必要だ
同時に「何を表現したいか」がもっと大事だ

それは心の叫びでもある
心の成長なくして言葉の成長は在り得ない

書くことを子どもに導こうとする者は
子どもの中に「表現したい主体」を養っていくのだと思って欲しい

たんなる「作文指導者」ではない

そして表現したい主体を導く者自身も
「表現したい主体」を持ち続けなければならない

でもそれはとてもシンプルなこと
子どもの心に寄り添えばいい
そうして自身に問い続ければいい
迷ったり分からなかったりしてもいい
「分かろうとする気持ち」さえ持ち続ければいい

「表現は愛に基づく」という魯迅の言葉を心に

そして「表現は自由への砦」である

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2005.07.24

★詩のボクシング

「詩のボクシング」というのが、あるそうです。

昨日、友だちからメールがあり「ジャッジやる?」と聞かれたので、「え~面白そう!やる~」と即答しました。(イイのか?そんないい加減なことで)でも、いいものをジャッジできる自信ぐらいあるよ。良いものというのは、もちろん、わたしが気に入ったものね♪

ところでどんなものなのでしょうか?

第3回千葉大会(本大会)
・7月31日(日) 

・まつど市民活動サポートセンター多目的ホール

・12:00開場
・12:30ゴング

予選を勝ち上がった16人のボクサーが出場し、トーナメント方式で優勝を争うとのことです。
大会の宣伝がFM NHK千葉 まるごと千葉6:30~であるそうです。


詩のボクシング公式サイト←全国大会もあるんだね。ジャッジは嵐山光三郎さんだって。

ボクシングの詳細はココ
楽しみだなぁ。この日、夜はヘビメタのライブだし。素敵な一日になりそう♪幾島さん、声かけてくれてありがとう。


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2005.07.23

★表現したいことを表現するための技術

今日は教室に、素敵なお姉さんと、ヒゲのお兄さんが、見学に来てくれました。そのお姉さんたちとは、一緒に作文のテキストを作っています。詳しくはまたお話できると思いますが、このテキストを使って作文を書くであろう子どもたちのためにも、いいものを作ろう!と心を新たにしました。いいものとは、ぶんぶんの心が届くもの、です。

それは、私が一人で作ってきたテーマというより、教室の子どもたちと一緒に作ってきたものでもあります。そうしてできてきた、作文を書くためのテーマを、そのアプローチを、テキストを読んだ子どもたちのも、伝わったら嬉しいことです。

ところで、ぶんぶん教室でやっている作文の指導を、誰にもできるように一般化するというのは、とても難しいことであると思っています。だからと言って、曲がりなりにも積み上げてきたものを、誰にも伝えず、一人で抱えているのももったいない。

そこで今回教材を頼まれて作ったことは、とてもぶんぶんにとって、いい機会となっています。今は、そのテーマを子どもたちにどう教えるかという、指導法を伝えることで精一杯です。でも、最近作文の技術とは何を教えるべきかが、ちょっと分かってきました。実はおおたにのブログのある記事がきっかけです。自分のやっていることに、とても繋がる内容を発見したからです。

本当に必要な技術。作文先進国に学ぶのも、一つです。そういう研究、指導されているところもありますね。技術に徹すれば、誰にでも教えることができ、その点はとても合理的だと思います。たとえば「描写」の方法などがそれです。目の前にある筆箱について、どのような色か、どのような形かを説明する技術です。私もときどき、真似させてもらっています。

でも私が今考える技術というのは、表現したいことを、どんな方法で表現していったらいいか、ということを教える技術です。もっというと、自分のもどかしい内面を、どのように表現していったらいいか、ということ。まだ、その入り口にたったばかりですが、ちょっと見えた気がしています。それが一般化できたら、ちょっと凄いかなと、思っているところですが、さてどうなることやら。

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2005.07.20

★読書感想文

この時期なると徐々に増えてくるのが、「読書感想文」での検索です。

しかし、ごめん。最近作文に役立つこと、あまり書いてない。なぜか? それは「考える作文」を、子どもたちと長年やればやるほど、作文から遠のいていくんです。もちろん、教室では毎日作文を書いています。でも、遠のくのは実はある意味当然のこと。作文は何も、特別な世界にあるのではなく、私たちが毎日話している言葉の世界の中にあるからです。毎日の出来事や、感じた心の中にあるからです。

ただ、それを気づきやすいように、視点を変えたり、考える方法論を教えたりしているのですからね。表現したいものに気づき、それがあるからこそ、技術も必要になってくる。と、行ったり来たりしています。今は、少し世界を広げる方向に、行ったきりになっているのかもしれません。

といいながらも、中学生クラスでは、この夏「走れメロス」について考えます。松戸市では中学二年の教科書にも載っています。受験生なのに、そんなことしてていいのか?うん、そういう不安定なときだからこそ、分かるかもしれないよ。

さて、こんな読書感想文の定番みたいなのを、何故やるか。。

テーマが友情であると、紋きり型に言われていることが、ちょっとつまらないからです。そういう側面しか、子供たちに伝わっていないことが、不満だからです。大人になって読んでみたら、それだけじゃない。もっと、人間の深い業というか、そういうものが出ている。これを中学生に、どこまで感じ取ってもらえるか。

きっと太宰治だって、「友情」というくくりだけで書いたのではないはず。いや、そうであっても、わたしたちぶんぶん教室の面々は、違う視点で考えます。というか、既に昨日、やろうと言った時点で、中学生たちが、違う視点で「感じてしまっていた」ので、もう、期待大!です。

もったいないけど昨日でた声を少少。


だいたいなんでメロスは、裸で走ってきたんだ?(シン)

え?ふるちん?(ぶ)

そうだよ、たしか(シン)

勇者は赤面した、ってあったよね(ちー)

なんであんなに大変なことばかり起こるの?ふつうないよ(ふぅ)

だいたいあんな話、面白くないよ!(ひ)


もう、わくわくするでしょ?


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2005.07.18

★ブログでの再会!

友人の大谷氏が、ブログを開設しました。

マラヤ通信です。

ときどき、このブログでもコメントを書いてくれています。20年前に、編集プロダクションで知り合いました。それから、私の作文の師匠となった、宮川俊彦氏の主催する「国語作文教育研究所」でも、一緒に仕事をしました。私は当時フリーライターでしたが、まあ、最初から仕事があるわけでもなく、こちらで作文の授業のお手伝いや、教材つくり、添削などなどの仕事をさせてもらいました。それが今の教室へ、つながっているわけです。

大谷氏は、今はマレーシアに住んでいて、日本人向けの塾をやっています。そこで作文も教えています。私とちがって、博識で読書家。その上鋭い。昔はいろんなことを教わりました。まあ、今と同じで夜中まで飲み歩いてましたね。

いきなり書いたら怒られるかな?ま、いいか。「どうにかなる」が座右の銘だったよね?
これからはブログで、大谷氏といろんな話ができるかと思うと、嬉しい限りです。

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★「表現は愛に基づく」

ひかちゃん(小2)のお母さんから、メールが来ました。

内容は欠席のお知らせでしたが、、、それより最後に書かれてた余談の方に、思わずのけぞってしまいました。ちょっと紹介しちゃう!!


ひかに「最近 ぶんぶんちゃん 綺麗だね?」と聞いたところ

「ひか 知ってる ぶんぶんちゃんは好きな人がいるんだ!」と爆弾発言

「え~ いいなぁ~」なんて思っている 私です ふふっ


ぎゃぁぁ。えへへ。うふふ♪

ひかちゃんのママだけです。そう言ってくれるの。まあ、真偽のほどはナゾのままにしておいて、わたしがびっくりしたのは、ひかちゃんの発言です。「綺麗だね?」後になぜ、このような発想が湧いてくるの?

子どもと言えども侮れない。というか子どもって小さいうちから、意外と性的な存在なのだなと、思いました。う~ん、ひかちゃんに見破られたり?あ、わたしが授業中にしゃべったんだ~~。

どんなことを子どもたちに言いたかったんだろう、わたし。モノでも、人でも、趣味でも、好きって大切な気持ち。進んでいく時の楽しい原動力になります。だから、そんな気持ちを大切にしてほしい。

・・・ということだったんだけど、ひかちゃんには、違う部分もバッチリ伝わってしまいました。

教室を自分ではじめて10年以上たちました。なんだか最近、子どもと対等に話せるんですよ。甘くするとか、子どもにおもねるとかでなく。大げさに言うと、魂と魂が触れ合ってるという感じです。一人と一人で付き合えるの。面白いよね。だから、こっちも本気で自分の意見言うし、子どもも精一杯言ってくれる。子供の方の意見がだめで、わたしが正しいなんてこと、全然ないの。そういうことが多いのです。


「表現は愛に基づく」

魯迅の言葉を、友人のおおたにが教えてくれました。全く、その言葉どおりのことを、日々体感しています。

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2005.07.17

★カーニバライブ!

いいお天気^^

本日、カーニバライブだよ~~

6時から8時、新松戸市民センター(新松戸駅徒歩10分)

出演、ファング他

入場、無料


とにかくファングのボーカル、サトシは乗せ上手。歌もいい。でも、くどくない。だから、誰でも盛り上がれるよ!!


いつも月一のセッションライブでお世話になっている学生たちが、毎年やってるライブです。今回は6回目。ファングというのが、彼らのバンド名。私がいつも虐めて?(いえ、音楽教わってる。演奏してもらってる。お守りしてもらってる)のは、サトシ、シュウタ、ジュンちゃんの3人。でも、今日はファングは11人出場するらしい。

シュウタはファニーフェイス!思考がポジティブ。ドラマーです!

ジュンちゃんは、文章が素敵。ちゃんとメールくれるし(あれ、関係ないか)ギタリストね。
みんな、気合入ってるし、のりのり!

これからいくつになっても、毎年やっていくことが夢なんだって。そんな彼らの夢の一部に、付き合ってみない?


で、実はぶんぶん教室のかわいい子どもたちも、ステージにちょっとだけ登場するかもしれないの。今から探すんだけどね。数人ほしいって言われてるんだけど、いるかなぁ?さっきから連絡してるんだけど、野球とか、ビアノ発表会とかで、最近の子どもは日曜日も忙しい!!まいった。

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2005.07.08

★おめでとう!!

おめでとう!まいちゃん^^

そして、げんきくん^^

うれしいなったらうれしいな~~


今年も教室から14人ほど、伊藤園の「新俳句大賞」に応募しました。選ばれたのは二人です。「新俳句大賞」は、季語にこだわらずに、俳句を作るというところが、新しい試みです。

では俳句を紹介しますね。それぞれ応募したのは、一つ前の学年のときです。


佳作特別賞 小3 まいちゃん  たからばこせみのぬけがらはいってる

佳作     小4 げんきくん  サイダーをおちょこでのんだお酒味  


さて、佳作特別賞の凄いのは、お~いお茶のペットボトルなどの商品に、作品が掲載されることです!!作品集にも載ります(佳作の人ものりますよ)とっても、楽しみですね。

もちろん、今回は選ばれなくても、ぶんぶんの子どもたちの俳句は、どれも素敵なものばかり。みんなの俳句は、ぶんぶんちゃんの心の宝箱に、ずっとずっと眠っています。そしてときどき、思い出しています。

宝物をいとおしむように、
そっとそっと。
だいじにね。

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★言葉と作文の関係

ことばは、「思い」の半分も伝えてくれない
でもだからこそわたしたちは
ことばの良い「使い手」になっていこう

なぜならことばは
簡単でそして難しい道具だから
世界を知り、考え、伝えるための
大事な道具だから
神様がくれた素敵な贈り物だから

作文を書くことは
ことばの力を鍛えること
自分を伸ばすこと
それはとても気持ちいいこと
作文の海で
わくわく遊んで下さい


   ***********

な~んて、今作ってる作文テキストの前書きに、書いてみました。その時の気分で変わるんだけどね。
でも、思ったり、書いたりすることって、気持ちいいことなんだなって、最近思います。苦手な人は確かにいるけど、それは基礎的なトレーニングが足りないか、間違った認識を持たされたか、だと思うこの頃。


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2005.07.03

★音を創る楽しさ

今日はなんだか涼しいですねぇ。こんにちは~~ぶんぶんです。先日のセッション、とっても楽しかった~~プロのボーカルの方も参加したので、それは迫力あって凄かった。ステキなひとでしたよ。

私のギターなんて、間違いだらけで。きっと顔が引きつってただろうな。でも、一つの音をみんなで作るのは、ほんとにエキサイティングぅぅ。来月は8月5日(金)7時から。夏休みなので、普段来れない方も、ぜひ来てね。

キッチンパタータのホムペに、ぶんぶんちゃんの勇姿?を載せてもらいました。きゃ~~恥ずかし!「音楽イベント」をクリックしてね。先日のレポートも載っています。うふふ。

音楽を始めて、人と一緒に創る楽しさを知りました。一人じゃないっていいもんだね。

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★同じ授業はする気がしない

今、とある塾関係に頼まれて、子どもの作文テキストなどを作っています。それが全然進まないの。やっと終わりかけて来たんだけどね。今まで出したものと同じ課題(作文の題)でいいから、っていう注文なんだけど、それがダメなんですね。

同じものを二度、書く気がしない!!

言葉は生き物だからなのか、思考が成長するのか、分からないけれど、同じテーマで同じものを書けば楽なのに、イメージがわいて来ない。来なくても、そのまま前のテキストを写せばいいのに、キーボード打つ手が止まる。それで結局、新しいのをたくさん交ぜて作りました。

たとえば、テキストの中に、替え歌を作るものがあったんだけど、その時使った歌が、今は流行ってないの。すると使えない。でも、今、それにふさわしい、替え歌作りたくなるような歌が、流行ってないわけ。するとその課題は没になります(私の中で)

今、伝えたいこと、今子どもたちに考えてもらいたいこと。そういうことが、出てきてしまう。もちろんそれは普遍的なものなので、課題も普遍的であっていい。そういうのもあります。だけど、どうしても、今これを書きたいというのがある。

それはわたしの体験の中で、考えたこと、新たに分かったこと、やっとなぞが解けたこと、そういうことを課題に入れたいし、伝えたいのだと思います。つまり、教える方も日々成長しているということです。というかそれが導く側の、最低の条件だとも思っています。常に悩み考え続けることなくして、子どもの成長もありえない。

ということで、先日の授業では、子どもたちはおのおのの作文を書き、私も同じ空間で、課題を書いてみましたもう、子どもたちの方が、さっさと書いてしまうんだもの。負けた!なんだぶんぶんちゃん、書くのダメじゃん、って思ったどうか分からないけど、大人も完璧なのではないってことを、生で見せるのもいいかなと。(授業中に文筆業やってる言い訳)。

その被害?に合ったのは、土曜日のなみちゃんと、みいちゃん。代わりに昔話二つ、読み語りしました。

大村はまという、教育者が書いていました。「同じ授業はしない」って。その言葉が、ふとよみがえってきました。言葉は生き物。作文も、思考も生き物。生き生きした課題を、常に創出していきたいものです。


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