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2004年12月

2004.12.31

★白い雪が隠すもの

ことしも後3時間足らずで終わろうとしています。
ことしの5月にブログを立ち上げました
読んで下さったり、コメントを下さったりする方がいるお陰で、いつもより増して、ものを考えることができました。

ことし一年、ありがとうございました。

言葉や表現、そして子供に関わっているものとして、自分自身が表現する主体として、ひととひととの間にある言葉とは何か、その限界とそれでも超えていくもの、そういう根源的なところに立ち返り、結構考え悩んだ一年でした。ただ、ブログ上では直接書くことはしませんでした。

わたしたちは「いま」にしか生きることはできない。未来と過去にはさまれた、刹那のいま。わたしはこれまで「未来」というものをいつも夢見てビジョンを描いてきたような気がします。それが自分を牽引してきた。だけど、ことしも暮れようとする今、「どうやって生きるか」ではなく、いま「どうやって生きているか」ということを、少し考えてみたくなりました。

お陰さまで教室を始めて、10年目になりました。きっといろんな意味で節目だったのかもしれません。

来年はどこへいくのか。自分でさっぱり分かりません。今はそれが心地よい。だからもう少しだけ、その「今」という時間に酔っていたい気がします。

大晦日の今夜。西でも東でも雪が降ったようですね。白く積もった雪は、一体何を隠してくれたのでしょうか。
晒すものは晒し、隠すものは隠す。来年はそんな「ハダカ道」を探りませんか? 良いお年をお迎え下さい。

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2004.12.30

★「言葉そして時間の共有」が愛

iruka_yuki

昨日の関東地方は、雪でしたねぇ。
忘年会に行く途中、雪のイルミネーションを撮ってみました。あまり上手くいかなかったよ。(>_<)

えー、マレーシアののりりん(=酒尾呑兵衛さん)が、ご無事で何より。マレーシアは地震で揺れたりしないんだね?レンガで20階建ての建物があるなんて、ビックリです。地震の多い日本では考えられませんね。今回は津波の被害だそうですが、それでも犠牲者は6万人とも8万人とも報道されているので、その被害の大きさに驚くばかりです。

のりりんも書いてたけど、人間は自然には勝てない。人間の命や生活を守るために、知恵を遣って考えて堤防を造ったりする。そのことはとても大事なことだ。だけど一方で、自然をねじ伏せることはできないんだという認識を、改めて「感じ取ること」が大切だと思う。


昨日のりりんが、「駆けていくトナカイ」の記事にコメントしてくれた内容が、とても素敵だったので、ここに載せてしまいます。もうコメント読んでくれた方すみません。でも、また読んでね。

友達、先生の生徒、親子、恋人、、、いろんな人間関係があるけれど、その中で「ことば」ってどんな役割なんだろうと、改めて悩み考えていたものですから。そんなときのりりんが、コミュニケーションにおける言葉の重要性を書いてくれたので、やっぱり間違っていなかったのかなと、しみじみ思ったのです。(以下のりりんのコメント転載します)

     ☆…☆…☆…☆…☆

初めてマレーシアに来たとき、英語も、マレー語も中国語もできなかった僕は、ただにこにこして人の話を聞いているだけでした。でもそれじゃおもしろくないので、知っている漢字をノートに書いて、筆談をすることからコミュニケーションをスタートしました。1つのことを理解しあうにはお互いものすごいエネルギーを使います。自分のことを相手に理解してもらうためには、相手も根気づよく自分のことを理解しようとする気持ちが前提になっているし、こちらも、必死になって相手に理解してもらおうと、自分の持っている言葉、身振り手振りを総動員しなくてはいけない。

でもね。それは、別に外国人とのつき合いだけではないと思う。親と子であっても、友達であっても、恋人であっても、そういう当たり前の、でも、とても面倒くさいことがベースになっているような気がします。

 「愛」とか「友情」とか、そういう難しいことはわからないけど、相手に対して時間を共有する、それだけで、人は幸せな気分になれるんじゃないかと思う。


千尋さんの詩はステキです。それは、等身大の君自身を言葉としてすくいとることができているから。いろんな表現方法があると思うけど、あなたは、ことばによって自分を発見していくタイプの人じゃないかと思って最初のメッセージを出しました。

答えのない問いを問い続けましょう。


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2004.12.27

地震!お~い大丈夫?

インドネシアで地震がありました。
ぶんぶんちゃんのお友達ののりりんは「マレーシア」という国のクアラルンプールに住んでいます。

お~い! のりりん、大丈夫?


インドネシアのスマトラ島沖で巨大地震、津波で9200人死亡(12月27日Sankei Web)

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2004.12.26

★それぞれのクリスマス

   クリスマス・イブ  


 ぼくは、まずやきそばをたべました。次ににわ鳥の首なし丸やきをたべて、次にカレーライスをたべて、さいごにショコラのケーキをたべました。
 
 次にお父さんからおもちゃをもらいました。次にお母さんにももらいました。そしたらぼくが
ぼく「お母さん、お父さんありがとうね。」
といったらお父さんとお母さんは
父「それはだいじにするんだぞ。」
母「わたしのもね。」 
父「そうだ、みんなでこのゲームをやろう。二つやろう。」
ぼく「やったー。」
父「まずお母さんが『かちのこり大さくせん』のかいせつ書をよんでおけ。オレたちは、ケーキをくっているよ。」
 
 しばらくして
母「まずじゃんけんするのよ。」
父「やるぞー。」
みんな「さいしょはグー、じゃんけんポイ。」
父「やったーかったー。とけいまわりでな。」(4行省略)

  (小4 鈴木遥可)

 ・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・

 家族3人で過ごしたクリスマスの夜。特別ではないけれど、でもスペシャルな夜。家族で食卓を囲み、ご馳走を食べ、ゲームをして楽しいひとときを持ったこと。はるかの心にきっと「幸せの種」をまいたのではないでしょうか。

 はるかの心に残った「会話」を書くことで、こんなにも場面を、息遣いを生き生きと表現することができるんだね!「会話」というのは作文の大事なアイテムです。何もかくことが思いつかないとき、会話をそのまま書いてみるのがオススメです。たぶん書いているときの心も、とても生き生き動きだすはず☆

 はるかは場面を伝えることが苦手なんだよね。だけどね、さすが食い気のあるはるか君だ。目に焼き付いたご馳走は、こんなにリアルに描写しているね。

 「にわ鳥の首なし丸やき」という表現。な~んか好きですね。そのままの形が浮かんできます。「にわ鳥」という書き方も、なんだかぴったりハマッているよね。(正しい標記はニワトリ、鶏。食べ物の場合はとり肉かな?)形や色をよく見てみるっていうのも、大事だね。

 「まずお母さんが『かちのこり大さくせん』のかいせつ書をよんでおけ。オレたちは、ケーキをくっているよ」
 ここからは、お父さんのと言うより、男同士の連帯のワガママ度を感じます。やれやれという愛情のある諦めの表情のお母さんが目に浮かびます。

 そんな微妙な人間の間合いというものを、子どもはこんな平和なクリスマスの夜に盗み取っていくのでしょうね。

 ↑こんなストレートな言葉自体に、そしてこの言葉を耳で盗み、心にとめ、書き取ったはるかに対しても、私はぐりぐりの花マルをつけてしまうのです。 

 
★さて、マレーシアの「のりりん」はどう?クリスマスはどうでしたか?

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★草原のイルカ☆

04-11-24_18-23「ジャンプするイルカ」


 草原のイルカ


草っぱらがざわっとゆれた
びっくりしてふり向いたら
緑の海からイルカが飛び出した

ぷう~んと草のにおいがする
はっぱがぐるぐる空を舞い
緑の波に着地した

イルカはうれしそうにぴょんぴょん跳ねる
まるで草っぱらを跳ねる兎のように・・・

そのうちイルカは遠くに見えなくなった

青い海に行ったのだろうか?


  (小6 池原文子)

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★それぞれのクリスマス

   クリスマス・イブ  


 ぼくは、まずやきそばをたべました。次ににわ鳥の首なし丸やきをたべて、次にカレーライスをたべて、さいごにショコラのケーキをたべました。
 
 次にお父さんからおもちゃをもらいました。次にお母さんにももらいました。そしたらぼくが
ぼく「お母さん、お父さんありがとうね。」
といったらお父さんとお母さんは
父「それはだいじにするんだぞ。」
母「わたしのもね。」 
父「そうだ、みんなでこのゲームをやろう。二つやろう。」
ぼく「やったー。」
父「まずお母さんが『かちのこり大さくせん』のかいせつ書をよんでおけ。オレたちは、ケーキをくっているよ。」
 
 しばらくして
母「まずじゃんけんするのよ。」
父「やるぞー。」
みんな「さいしょはグー、じゃんけんポイ。」
父「やったーかったー。とけいまわりでな。」(4行省略)

  (小4 鈴木遥可)

 ・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・*・・・

 家族3人で過ごしたクリスマスの夜。特別ではないけれど、でもスペシャルな夜。家族で食卓を囲み、ご馳走を食べ、ゲームをして楽しいひとときを持ったこと。はるかの心にきっと「幸せの種」をまいたのではないでしょうか。

 はるかの心に残った「会話」を書くことで、こんなにも場面を、息遣いを生き生きと表現することができるんだね!「会話」というのは作文の大事なアイテムです。何もかくことが思いつかないとき、会話をそのまま書いてみるのがオススメです。たぶん書いているときの心も、とても生き生き動きだすはず☆

 はるかは場面を伝えることが苦手なんだよね。だけどね、さすが食い気のあるはるか君だ。目に焼き付いたご馳走は、こんなにリアルに描写しているね。

 「にわ鳥の首なし丸やき」という表現。な~んか好きですね。そのままの形が浮かんできます。「にわ鳥」という書き方も、なんだかぴったりハマッているよね。(正しい標記はニワトリ、鶏。食べ物の場合はとり肉かな?)形や色をよく見てみるっていうのも、大事だね。

 「まずお母さんが『かちのこり大さくせん』のかいせつ書をよんでおけ。オレたちは、ケーキをくっているよ」
 ここからは、お父さんのと言うより、男同士の連帯のワガママ度を感じます。やれやれという愛情のある諦めの表情のお母さんが目に浮かびます。

 そんな微妙な人間の間合いというものを、子どもはこんな平和なクリスマスの夜に盗み取っていくのでしょうね。

 ↑こんなストレートな言葉自体に、そしてこの言葉を耳で盗み、心にとめ、書き取ったはるかに対しても、私はぐりぐりの花マルをつけてしまうのです。 

 
★さて、マレーシアの「のりりん」はどう?クリスマスはどうでしたか?

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2004.12.25

★ロウソクの光

kyandoru


ろうそくの光が好きだ。
少しの空気の揺らぎも見のがさずゆらゆらと揺れている。
ちろちろと小さな炎が身もだえする。
ロウをどろどろと熱く溶かし
命の芯を燃やしていくからだろう。
悲しみや辛さをふわりと昇華させる。
大きな主張はしない。
そこにいて自らの限り静かに燃えて光るだけ。
ただそれだけで切なく美しい。
最期はいっそう大きく燃えて尽きる。

今日の毎日新聞の「余禄」の一部を【引用】します。↓

 「この宇宙をまんべんなく支配するもろもろの法則のうちで、ロウソクが見せてくれる現象にかかわりをもたないものは、一つもないといってよいくらいです」。電磁誘導の発見で知られるファラデーが、1本のロウソクをもとに少年少女に語り始めた。1861年のクリスマスのことだ。

 子供たちの学力低下や理科離れが叫ばれる中、その講演を収めた「ロウソクの科学」(角川文庫)を三十年ぶりに再読した。これが実に面白い。最後にロウソクの燃焼が人間の呼吸とほぼ同じ現象だと導いていく語り口のうまさには圧倒された。【中略】

 講演当時70歳だったファラデーはこう締めくくる。「1本のロウソクにたとえられるのにふさわしい人になっていただきたい」と。さらに「まわりの人びとに対して光となって輝いていただきたい」と。きょうの聖夜、久しぶりにロウソクを立てたくなった。【引用終わり】


これを読んで私もロウソクを立ててみた。そしてファラデーの「ロウソクの科学」を読んでみたくなった。

そんなイブの夜。

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2004.12.23

★空をぬけるイルカ☆

04-11-24_18-23「ジャンプするイルカ」

  
    空をぬけるイルカ


イルカは海のうえを
ジャンプする
2ひきのイルカ
お友だちだ
ぼくらはいつも海にいる
海の中でジャンプする
ジャンプすると空までとどく
ジャンプすると
羽がついたみたい
水にもぐるとき
水しぶきをあげる
あしたは
きっと空をぬける
きっと水しぶきが
空までとどく


(小2 新山実穂)   

 


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2004.12.22

★夜空と星とベル☆

beruberu_kodomo「クリスマス・ベル」

   夜空と星とベル


きいろい星の夜空の日
星や月は
電気みたいに光ってる
きれいだからついてきた
チリンチリンとなるベル
星にはひとつ
月にはふたつ
夜風にふかれながら
ななめになったりよこになったり
チリンチリンとなっている
わたしは夜空を
ふしぎそうに見ている


(小2 長崎真衣子) 


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2004.12.19

★空のクリスマス☆

    空のクリスマス


小さな飛行機が
星いっぱいの夜空をとんでいる
クリスマスツリーの
イルミネーションみたいに
赤、青、緑に光って
夜空をとんでいる

「お~い、お~い」

何度も声をかけてもきこえない
チカチカに光って
夜空をとんでいる

お~いどこへいくんだい? 

クワーン

飛行機は南へ行った

(小5 長谷川宗介)

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★サンタがおちた夜☆

tokakai__tuno「ライトニング トナカイ」


   サンタがおちた夜



雪のふってるやわらかな夜
空にはサンタとトナカイ
見ているとサンタがおちた
サンタといっしょにプレゼントもおちた
サンタが雪の中におちてった

トナカイ サンタをさがしてる
トナカイあわててさがしてる
ちょっと元気をなくしてる
サンタをよんでさがしてる
みつかるまでずっとさがしてる

ぼくは知ってる
サンタのおちたところを

(小5 東海林 檀)


    

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2004.12.17

★駆けていくトナカイ

tonakai_to_minna


  駆けていくトナカイ


トナカイが街を駆けていく

サンタも乗せずプレゼントも乗せず
飾られた虹色のイルミネーションにも振り返らず
一人で
夜の街を駆けていく

彼はどこに向かっているのか
何のために向かっているのか

それは誰にもわからない
彼にさえわからない

誰も知らないうちに
夜の闇に消えていった

(中1 大越千尋)

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2004.12.10

★「見る側」が問われる映画

さっきテレビに美輪明宏が語っていた。「ハウルの動く城」の映画についてだ。

 *監督の宮崎駿さんは、どんなメッセージをこの映画に込めたのですか?(だいたいこんな質問でした)

美輪「宮崎さんはコレというメッセージを恐らく決めてない。独裁者じゃないんです。つまり見る側によって受け止め方はそれぞれ。見る側が問われる映画なんです」(だいたいこんな趣旨)


 素敵だ!


 さすが宮崎駿、さすが美輪明宏だ。どちらも好き。

 
 小説でも詩でも、絵でも音楽でも、イルミネーションでも、伝えたいものがあって存在している。あるいはこの話のように、コレという一つのものではないかもしれない。押し付けないものであるかもしれない。でもきっと、伝えたいものはあるのだと思う。

 そしていつもそれを読む側、見る側、聞く側は、問われている。「どう受け取るのか」問われている。それは必ずしも、作者が意図したものでなくてもいい。いや、そうじゃないほうがむしろ面白い。

 意外と作者も気づいていないものまで、感じ取ることもあるからだ。それを知って、作者もまた驚くだろう。そういう相互作用がまた、次なる新しいインスピレーションを産み、新しい何かを創出する。

 だから、「表現者」も押し付けるのではなく、受け取る側の自由さを愉しむゆとりが大事だ。芸術とはそういうものだろう。

 子どもの作文も、そういった要素がある。もちろん作文の種類にもよるが、日常の言葉のやりとりとは、ちょっと違う。

  
 「ハウル」を見て、「感動しました」だけしか言えないような、そんな情けないひとには、なるなよ~~。「表現者」に失礼である。ぶんぶん教室の子どもたちさん!

 ちょっとずつ自分の感じたところから、かじってみて、何か言ってみようヨ。「ハウルの髪の色が好き」でもいいじゃない。


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★スルーさせるんだよ。

 小金の手作りのイルミネーションを何度も見に行った。子どもの見方も反応もいろいろで面白い。

 が、中でもひやひやなのが、駅前のロータリーに飾られているイルミネーションを見る時だ。

 タクシープールの真中なので、本来人がふらふら歩くところではない。遠巻きにイルミネーションを楽しめばいいのだが、しかし、形やタイトルなどを見るには、やはり近くに行って見ないと、よく分からない。それにオブジェの数も、ロータリーの中が一番多く飾られているのだから、見ないわけにはいかない。

 タクシーの方には悪いなと思いながら、迷惑にならないように、子供たちにもよくよく注意して行く。のだが、、、
だめだ。もう舞い上がってしまって。ちょろちょろする。特に小学校の低学年。人は太古の昔から、夜に火を見ると興奮するようにできているのだから、仕方ないが。

 当然ながら運転手さんに注意された。

 「危ないぞ!」

 しかし、申し訳ないが謝る気になれなくて無視した。何という傲慢な私。教育者にあるまじき行為。大人じゃないよね。 

 だって、だって、その注意の声からあまりにも「冷たいもの」を感じ取ったからだ。

 運転手さんは、私たちの命を心配して「危ないぞ」と言ってくれたようにはとても思えなかった。そもそも危ないのは承知の上で覚悟して行ってる。

 私がその声から感じたのは「我々は商売をここでやってる。ここは我々の場だ。ちょろちょろされたら目障りだし、万が一ぶつかりでもしたら、こっちが迷惑だ」ということだ。もちろん私が勝手に感じたことで、その方は親切で注意されたのだと信じたいが、信じられない私もいるのも確かで。

 確かに商売の邪魔です。ごめんなさい。でも、許して~~。
 
 言いたかったのは、同じ言葉を発しても、声の調子や表情などで、★やはりその裏側にある「気持ち」は伝わってしまうということ★ そんなことを感じた次第。

 「こんにちは」と子どもに言うにも、ただ言うのではなく、心から「あなたに今日も会えてよかった」と感じながら言うことが大事だなと、改めて思ったのでした。
 

 そして、音のない文章だって、きっと伝わるはず。目に見えない「何か」を伝えるための「目に見える」言葉であり「聞こえる」言葉なのだろう。

 何を伝えたいかだけじゃなく、どう伝わるかまで、しっかり気にとめたい


★追記★
 しかし、教え子の信也は凄い!!明らかに「じゃまだ」という感じで、怒りを込めてチリンチリンと自転車のベルを鳴らすおば様に対して、「すみません」と明るく言うのだ、このひとは。

 「スルーさせるんだよ。ぶんぶんちゃん」
 

 教え子に教えられるとは、このことか。

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★プレゼント☆

04-12-09_21-11

「プレゼント」

  


 プレゼント

プレゼントをもらった
リボンは緑箱は赤
赤いくせに透明な箱
中が見えた
ろうそくがあった
燃えている
炎がチロチロと風もないのにゆれていて
なんだかさそっているみたいだ
開けたくて開けたくてしかたなくて
リボンをとってあけたら
火はよりいっそうさそいだした
さわりたくてしかたなくて
さわった
あつかった
あついのにゆびがはなせない
とゆーかはなれない
なんとかはなれた
ゆびは黒い
でも僕はうれしくてたまらなかった

(中2 佐藤信也)

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2004.12.08

★本当のクリスマスをさがすため☆

041207_182700.jpg「めがねのつむちゃん」


  本当のクリスマスをさがすため


めがねのつむちゃんうわさになってる
なんでめがねかけてるの?って

つむちゃんは本当は目がとってもいいの
だから私は聞いてみた

なんでつむちゃんめがねかけるの?

私はね。ほんとのクリスマスをみつけるの。

本当のクリスマスってなんだろね。

いまからさがすの。このめがねで
いっしょにさがそう。このめがねで

めがねのつむちゃんうわさになってる
なんでめがねをかけてるのかって

本当のクリスマスをさがすため。


(中2・釘田さら作)

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2004.12.05

★秘密☆

04-12-04_23-21.jpg「ブーツとステッキ」


巨人の子どもが置いてきた
片いっぽうの長靴は
森の小人のお家になった

巨人の子どもは叱られて
長靴探しに行ったけど
見つけてみればその中で
小人がスウスウ眠ってる
なんだかうっとりいい気持ち

見つからなかった長靴は
子どもは母に嘘ついた

ちょっぴり心が痛んだが
小さな「秘密」にときめいた

秘密は「秘せる蜜」なのだ

(詩 ぶんぶん)

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2004.12.04

★海のようなひと☆

04-11-24_18-23.jpgタイトル「イルカ」


イルカが街を飛んだら

もうそこは青い青い海だ

波の音が聞こえ

潮風が薫る

悲しみの涙を

集めた海はあんなに青く

深い深い慈愛に満ちている


そんな海のようなひと

(詩 ぶんぶん)

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2004.12.02

★雲の上のイルカ☆

04-11-24_18-23.jpgタイトル「イルカ」

◎今日は小④まゆちゃんの作品だよ↓


イルカが雲の上を飛んでいる

一人でも楽しく飛んでいる

仲間はずれにされても

ケンカしてもおこられても

いつでもどこでも笑顔でいるイルカ

でもそのうちあきて

今度はたぶん友だちといっしょに遊びたくなっていく

もし雲が海のようにあれてしまっても

ずっと晴れる日を待ちつづけている

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