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2004年6月

2004.06.30

★ただ、あれはあれでいいのかねぇ

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 いづみへ
                           お父さんより

先週いづみからもらった作文風質問集への回答です。

第1問(略)←私(ぶんぶんちゃん)が省略しました

第2問
ゲームが「なぜ好きなのか」は一言では答えにくいですが、まず、いづみにゲームのことについて知って欲しいことがあります。ゲームの定義についてです。ゲームというのは、「同じ戦力で勝敗を争う」ものです。この「同じ戦力」でという点が一番大事なところです。いづみが知っているゲームでいうと「将棋」がそうですね。先手、後手とも、20枚ずつの駒を同じ場所に配置して始めます。また、「モノポリー」にしても全員が1500ドルという同じ額の現金を持って始めます。よく「人生はゲームのようなものだ」といわれますが、これは、お父さんの考えからすると正しくありません。例えば今いづみが、ある大富豪の娘と「ゴージャス買い物合戦」(高いものを自腹で買ってきた方が勝ち)をしても、勝てるわけありませんよね。最初から条件が違う人間が競争しても面白いことはないのです。ゲームは前提条件が同じ、つまり同じ戦力で戦うわけですから、後は知力の戦いになります。お金も地位も関係ない、知力(計算能力、記憶力、判断力、アイデア、企画力、コミュニケーション能力など)のみの勝負ができるところがゲームの魅力です。いづみにもそういう能力を養って欲しいと思っています。「ぶんぶん教室」は役に立ちそうかな?

題3問
お父さんがなぜ、お好み焼き、たこ焼き、イカ焼きが好きかといわれるとよくわかりません。ただ、考えてみるとこの3つに共通するのは、

・小麦粉を練って焼いたもの
・ソース味

ってことだよね。つまり、お父さんは小麦粉焼いたものにソースが付いてればすきだってことでしょうかね。

ただ、あれはあれでいいのかねぇ。お父さんの最大の好物にネギ焼きってあるよねぇ。あれは、しょうゆ味だよね。と、するとだよ。さっきの大前提は間違っているということになるよね。
そう考えていくと、お父さんの好きなものは単に、焼いてあればいい、おまけに玉子でも使ってあればさらによし、ぐらいに考えとけばいいんじゃないかな。だから、くれぐれもお父さんのこと、「お好み焼きの体臭がする」などと表現しないようにね。もっとセンスのいい表現力を身につけるんだよ。

では、いってらっしゃい。

☆。・・☆。・・。☆・・。☆。・・☆。・・☆

 これは、ぶんぶんちゃんへの挑戦状か?! さすが、365日年中無給、じゃなかった無休のゲームクリエーターだけあります。「エンタ」出演はいつですか?☆悲しみに押しつぶされそうな夜は、これを読み返そうと思います。以上、教室で書いた「お父さんへの質問状」に対する、お父さんからのお返事でした。ありがとうございました。


 ちなみに、最後の太字の意味を知りたい方は、このブログのバックナンバー(may2004)、5月10日「★novaうさぎ? sovaうさぎ!」をお読み下さいね。

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2004.06.27

★しゃべり場「進路対話」 そして誰も覚えていなかった。

 育心の大谷さん! お待たせしましたぁ。5月11日の「しゃべり場・進路対話」の続きです。実は「対話」を録音したテープが行方不明。例によって時々モノが消えるんですよ、ブラックホールにね。ぶんぶん教室の落とし穴は、ブラックホールにつながってるんです。見えないへその緒で。

 と、バカなことはこのくらいにして。「進路」をテーマにしたおしゃべりの中で、私が覚えているのは、彼らが夢を語った部分だ。現在中3になった4人の夢を、彼らの許しを得てここに記そう。(二人は事後承諾でカンベンしてね)

 ★エイタロー「とある高校に進学し、自転車部に入部。将来は競輪の選手になる。若いうちに稼ぐんだ。これは、お父さんが決めた夢。でも、僕はそうしたいと思っている」昔かたぎの父、だもんね。
 
 ★モンパラ「明日のことも、分からない僕に、そんな先のことが分かると思う?」
さすが、動物占いで「おさる」だけある。モンパラとは、本人が所望した「モンキーーパラダイス」というニックネームの略だ。

 ★ナガツ「社会人野球に入る。それと、学校の先生になって、部活で野球を教えたい」
かっこいいじゃん!彼は現在、ある中学の野球部のキャプテンだ。
   
 ★ノブノブ「お母さんは、医者になれって言ってる。でも私は、モノ書きになりたい」
素質は十分だよ!

 それにしても、コメント欄で、のぶのぶに言われたことを、モンパラにも言われたよ。「え? 進路? そんな話したっけぇ。覚えてないよー」だって。全くなーーー。( ̄^ ̄) でもね、最近の子どもたちは「夢がない」って言われるけど、なかなかヤルなあ、おまいら(←2チャンネルの真似)。やっぱり涙!だよ。
 
 あ、そういえば最近、これと全く反対の会話があったな、他のクラスで。次はそれを書こうっto.

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★言語技術と自己表現の「間」は、男と女の「間」に似ているかも?

 表現手法(スタイル)を教えることは容易い。それは技術的なものだから。・・・これは友人であり芸術家の岩崎さんのブログで見つけてきた。これを、作文教育風に直すと、「言語技術を教えることは、容易い」となる。ちょっと、ハッとした。なぜなら、私は最近、「言語技術」という極に、大きく揺さぶられていたからだ。お陰で少し、「自己表現」という極に戻る勇気が出た。わーい。

 「つくば言語技術研究所」というところがある。
http://members.jcom.home.ne.jp/lait/

 (お、またつくば?最近縁がありますなぁ)。三森ゆりかさんという方が代表を務めている。彼女はドイツの言語技術教育を下敷きに、日本向けの言語技術教育を確立した方、といえばいいのだろうか。私のような「井の中の蛙」にはやはり気づかない内容だ。盲点をつかれた。三森さんはつくばでは、言語技術教室を持っていて、本もたくさん出されているので、私もいつも、授業で参考にさせていただいている。その具体的な内容については、また別の記事で紹介したい。

 三森さんが発言されているように、ドイツに限らず海外では、小学校から高校あたりまで、一環とした「言語技術教育」というものがあり、先進国でそれがなされていないのは、どうやら日本だけらしい。だから今、言語技術教育が必要なのは、当たり前と思った方がいい。みなさん、感じている方も多い。従来の日本の「国語」教育は、一部でいいから、すぐにでも方向転換すべきと思う。文科省も教科書を作る方も、当然気づいていると思うが、なかなか変えられないしがらみもあるのかな?

 なのでここはしばらく、作家の井上ひさしさんも書いているように、民間が頑張らねばならない(「井上ひさしの作文教室」参照)。

 岩崎さんの美術教育の話に戻る。確かに美術は専門的なものだ。しかしそこにおいては、技術や手法を教えることは、もう既に確立されている分野であるようだ。その上で「手法を教えることは簡単だ」と言い切り、その奥にある、「表現」ということを問うている。

 国語においても、本来全く同じであるはずだ。技術は教えるのが容易い。大切なのはその先だ。そこをどう伝えるのか。または、子どもから引き出すのか。しかし、美術の世界と大きく違うのは、ベースであるはずの「言語技術教育」が、日本において全くと言っていいほど、欠落しているという事実である。愕然とする。じゃ、自己表現はできてきたのか?と問うと、これもまた妙に文学的なエリアばかりに偏っていたと思う、がこれはさておき。 

 だから今、言語技術なのだ。間違いなく。だけど、それはあくまで技術だということも一方で忘れてはならない。技術は何かの目的のためにある。ここでは「自己表現」とか「コミュニケーション」とか「思考」とか、そういった目的のためにあるのだ。だから私は教室において、「言語における自己表現」ということを、これまで以上に大切にしたいと思う。大切にしつつ、技術もやっていきたい。欲張り!?うふっ。でも、三森さんのすごいところは、「個人的なことは作文に書かせない」というところだ。理由はそんなこと「評価できないから」だ。とても誠実な姿勢だと思う。

 ついでに言えば、「国語」の技術は専門分野でも何でもなくて、一般に誰でも身に付けるとお得な技術だ。何もここで、作家を生み出そうという話ではない。人はみな、コトバにおける表現者であり、生きるということは「人生の表現者」に他ならない。

★追記★ 冒頭の文章の続き・・・

表現手法(スタイル)を教えることは容易い。それは技術的なものだから
しかし表現者にとって一番大切なことは
「社会に対してなにを問いかけるか?」
「その問いかけを如何に自分の中で醗酵させられるのか?」
「そして問いかけに対する反応をどうやって受け止めるのか?」
という点だと思う。

 もう一つ、岩崎さんのブログの「教育」の記事にも、同じことが。↓
http://hideta.seesaa.net/

 ★三森ゆりか著、オススメの本。言語技術研究所のホムぺにもあります。

「論理的に考える力を引き出す」親子でできるコミュニケーション・スキルのトレーニング (一声社)
「イラスト版 ロジカル・コミュニケーション」 (合同出版)

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★20点の配点と、「がんばり」問題

 公立中学では、そろそろ一学期の期末テストの時期だ。

 ナオヒロの通う公立中学の国語のテストでは、作文が出た。それも、100点中20点の配点で、200文字程度の作文が出されたらしい。私はそれを聞いて、驚いた。作文の問題が中3あたりで出る中学は、ときどき見かけたが、中1からテストに作文を出す「先生のセンス」と、20点という配点の高さに驚いたのだ。まあ、出題の趣旨は、「公立受験における作文対策」ということだろうが、それにしてもテストに出るだけ、作文に対する意識も高まるというものだ。

 「半分しか書けないと、10点マイナス。題名を間違えると?点マイナス。厳しいよ。僕は、漢字を三つ間違えたので、3点マイナスで17点だった」

 「すごいじゃん!」

 私はなんだか嬉しかった。ぶんぶん教室に通ったからできた、なんておこがましいことは思わない。でも嬉しかった。普段、「目先の国語のテストの点数を上げるために、やってんじゃない!」なーんて豪語してる割には、嬉しかった。それも何科目もある科目のうちの、たった一つの国語の中の、ほんの20点という世界のことなのに。。。

 ちなみに問題は「私の見たがんばり」。200文字。

 「自分のがんばりを書くのかどうか、迷った。でも『私の見た』だから、友だちのがんばりを書いた」そうだ。それで中間テストでは平均点だったのが、今回は8割近く点数が取れたそうだ。まだ、今回の平均点は不明だが、それにしても20点というのは、やはり大きい。

 とは言え、テストのためだけに毎週作文をやってると思うと虚しいので、やはり目的は高く、視野は広く持ってほしい。身の回りの事柄に対して、あるいは、自分が壁にぶつかったときに、柔軟な思考で、たくさんの解決策を考えられる人になってもらいたい。大人になったとき「自分の考え」をもって、人に伝えると共に、相手の考えも尊重する人になってほしい。などなど書いていたらキリがない。    

 で、前から気になってるんだけど、「がんばり」って何?こんなコトバあるの?やはり学校用語か?「ガンバリズム」なんてのもあったけど。もちろん、人が一心に頑張ってる姿は美しいよ。だけどよく作文に「二学期はがんばります」みたいに書いとけばいい、って子どもは思ってたりね。精神論でなく、方法論が必要なのに、それはすっぽり抜けてるのが、気になるの。だから私は普段「がんばれ」ってコトバは、不用意に言わないように気をつけている。たいがい大丈夫だが、「がんばれ」というコトバは、人を追い詰めることもあるからだ。

 ついでに「不要物」ってコトバは?

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2004.06.24

★目指すは、ハダカの原稿だ

 偶然ってあるものだ。以心伝心というのだろうか。二週間ほど前、数年近く連絡していない知人に、用事があって電話した。その時彼女は留守だった。それが今日突然、先方から電話があったのだ。いやぁ、びっくりしたのなんの。その上、要件がお互い同じだったので、驚×②って感じ。

 彼女はM新聞の敏腕記者で、私が10年以上も前、バイトで記事を書いていた頃の知人である。そんなこんなで、5年ほど前、教室に取材にきてくれたこともある。近況をお聞きしたら、なんと今いる部署のデスクになられていた。同年代の女性記者がデスクとは、なんだか嬉しい。新聞記事にも、ますます彼女の新鮮な空気が盛り込まれることを、期待したい。ちなみにデスクとは、その部署の記事は全て目を通し、チェックし、入稿までを行う人である。偉いのよーーー

 「夏休みになると、感想文だとか絵日記だとか、宿題が出ますよね。これが子どももお母さんも、悩みの種。親はどんな風に教えたらいいかわからない。そこでお母さんに、何かヒントになるようなことを、書いてもらえませんか?」という原稿依頼だった。

 お役に立てるかどうかは別にして、二つ返事でオーケーした。作文のネタで、ぶんぶん教室のを思い出していただけただけでも、とても嬉しい!ありがたいことである。
 
 そ・こ・で・・・せっかくですので、これをお読みのママちゃん、パパちゃん★★★作文について、こんなことを聞きたい、ということがあれば、ぜひコメントをお寄せください。感想文や日記の書き方にこだわらなくても、自己表現全般に関わることなら何でも結構です。普段気になっていることがありましたら、この際ぶちまけましょう。落とし穴へ。\(⌒O⌒)/

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2004.06.23

★お父さんは、長いウンコをもらしたことがありますか?

 「ぶんぶんと話してると、追い詰められる」。今日、羽ちゃんに言われた。小5の子にそう言われたのが、私としてはいとおしかった。思わず「よしよし」と頭をなでてしまった。ゴメン、羽ちゃん。ちゃんと逃げ道は用意しておくね・・・。

 世の中には「理解できない人もいる」ということを、最近つくづく思う。それは、全く自分と違う人間に出会ったからだ。それもイヤなヤツだったら、「変なヤツ」で終るし、関わる必要もない。だからそれ以上考えもしない。でも、それがとても魅力的だったら・・・。もちろん理解しようと努めるんだけど、全然違う。生き方も価値観も。例えて言えば「世間」に生きていない。かと言って、別に山にこもって修行しているとか、無人島に一人で住んでるとかじゃない。ちゃんと普通に社会人生活している、と思われる節もある。

 そんな人を知れば知るほど、理解など到底無理だと分かる。だから一つの理解の方法として、「この人は全く違う人なんだ」という、ありふれた答えに行き着く。そして、「全く違う」ものを受け入れる空間を、心の片隅に作ればいい。たくさん話して分かり合うというのとは、ちょっと違う。まずは受け入れるしかない。そんな理解の方法もあるのだろう。。。。。

 冒頭の羽ちゃんの話に戻る。きっと羽ちゃんも、私とは全く違う、「理解できない人」なのかもしれない。そういう子どももいるはずだから、いくら先生と生徒の関係でも、そこは認めなくちゃいけない。先生だから、大人だからって、押し付けちゃいけないんだなと思う。

 だけど、「お父さんへの質問状」で、いきなり、「お父さんは、長いうんこをもらしたことがありますか」だよ!?いつもならいいよ、私もうんこネタ好きだし、許す。だけど、今日はいつもと違って、お父さんに読んでもらう作文なんだよ。お父さんという読み手を意識した作文にすることが、一つ目的だったでしょ?つまり、お父さんに読んでもらって、答えを書いてもらえるように、きちんとお願いする文章を書く。質問も、自分がどうしても聞いてみたいな思うことを書く。

 さらに、それを聞きたい理由や、「ボクはこうなんだけど」と自分のことも、お父さんに伝える。自分のことを伝えれば、お父さんだって「なるほどそうか。キミはそんな風に思うんだね。お父さんはね・・・」と真剣に答えてくれるよ、きっと。つまり作文を通して、お互いのコミュニケーションニなるようにしようね、っていったはず。

 でも「僕はそれでいいし、字がきたなくてもいい」というから「キミがよくても、私がいやだ」と、つい言ってしまった。そんなやり取りをしているとき、「ぶんぶんと話してると追い詰められる」って言われた。結局その質問はそれでいいとして、(何度も言うが下ネタ好きだし)きれいに書き直してもらった。後はお父さんさえ、怒らなければ。「何だ、ぶんぶん教室というのは、こんなことを子どもに指導しているのか?」とか。。。そんなこと言わない楽しいお父さんんだよね?きっと。期待しているよ。

 でも、羽ちゃんのすごいところは、「はい、分かりました」ということ。受け入れてくれるんだ、大人だね。と思うと間違うのである。受け入れてくれるんじゃない。彼にとっては私の言うことなど、「どうでもいい」のだ。いつまでもやってると終らないから、「分かりました」というのだ。たぶんね。「わかってもらう」とか「わからせよう」なんて、おこがましいのだ。それもアリだ。だから羽ちゃんには、とても救われている私である。 
 
★瀬戸さん!トラックバックありがとうございます。読ませていただいて、いろいろ思いを巡らせました。瀬戸さんの記事に触発されて書いてみました。 

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2004.06.21

★コアラテレビがやってきたーー

 コアラテレビの取材は、無事終りました!コアラのお姉さん、とってもかわいくてきれいなお姉さんでした。そよぎちゃんといい、私の周りには、きれいな女の人ばかり集まるなぁ。「類は友を呼ぶ」というものね。む?だれだーー今、パソコンの向こうで、座布団投げたの・・・ 

 「じゃ、授業始めまーす。今日のお題はぁ・・・」と、狭い教室を見渡すと、今日に限って子どもたちは全員、後頭部をこちらに向けて座ってるではありませんか? そうです、みんな私の対面にいる、コアラのお姉さんに、目が釘付け! ちっともこっち向かない! 小3、4年の男の子4人は、すっかり目がハートになってる。「子どもは好奇心旺盛だから」とかいう問題ではない! 絶対ハートになっていたな。とくに遥可、キミだ。テレビに写りたいとか、そういう盛り上がりより、男がかわいい女を見る目になっているのを、私は感じてしまった。

 だから、作文なんてボロボロのデレデレのヨレヨレです。あれがテレビの前で発表されるのかと思うと、「落とし穴」にずっとハマっていたい心境です。一人女の子は冷静で、作文もいつもと変わらず書いていたのが、救いです。まゆちゃん(涙)。でもホントは、かいと君もともやす君もいてくれたから、みんなで一つの番組を作れたんだよね。きてくれてありがとう。\(⌒O⌒)/

 結局お題は「お父さんへの質問状」にしました。そして急きょ、教室の子どもをお迎えにきてくれた、げんき君のお父さんも、テレビに登場することに。重ね重ねありがとうございます。ぶんぶん教室は、お母さんとお父さんの力で成り立っているんだと、しみじみ思い知らされます。以下、放送予定です。ぜひご覧下さいませ。

★放送予定7月5日(月)から11日(日)

「わんぱく放送局」の中の特集コーナー(2,3分放映)

(月水金)9:45~、18:30~、20:30~
(火木)12:15~、19:30~、22:30~
(土曜日)10:40~、17:00~、22:25~
(日曜日)14:40~、21:10~

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2004.06.20

☆検索ワードランキング・・・みだらに、みだりに「横レス

 いったい何なの? ひでき!!!さん? よそのブログのコメント欄で、こっそりみーやさんをナンパしないでくれるかなぁ? それで「愛」が芽生えちゃったりしたら、どうするの???・・・なーんてね。

 「横レス」というのですか。なんかうきうきしてます。だって、ひできさんは私のブログにおいて、私ではなく、ブログにコメントを寄せてくれたみーやさんに対して、コメントを寄せてくれたからです。例えると、私の結婚式にきた友人が、そこでナンパしてしまうような、そんな幸せな嬉しさ。

 まあ、今後どんな「愛」に発展するのかしないのか、知りませんが、こんなフュージョンなコミュニケーションが、このブログを下敷きにして広がったら、私だって「世界の中心で愛を叫」んじゃう! そんで、「日本落とし穴化計画」を直ちに実行に移します。だ・か・ら

 みなさーん、\(⌒O⌒)/ずうずうしく、勝手に、みだらに、みだりに、「横れす」したり、されたりして下さいね。責任は持ちませんから。
  
★今週の検索ワードランキング☆6月14日(月)から20日(日)  

1、 ぶんぶん教室 6   2、 作文 6   3、 高校入試 5   4 、ぶんぶんの落とし穴 4   5 、エンタの神様 3   6 、岩崎秀太 3 (←検索数)3件以上のみランキングされます。

 今週は見た目がわりと地味ですが、この陰には派手なものがいっぱい隠れていました。一日に20件以上の検索ワードがあった日もあり。謎だったのは、「人妻型」というワードでした。なんだろな?岩崎さん、二週連続ランキング入りです。トラックバックありがとうございます。

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2004.06.18

★コアラテレビがやってくるーー

 明日、ぶんぶん教室に、コアラテレビのお姉さんがやってきます。久しぶりの取材です。わーい!思えばこれまで、結構いろんなテレビや新聞に取材してもらいました。最近では、TBSのサンデーモーニングでしたね。イラク戦争に日本が参加した時期だったので、子たちが戦争について書いた作文を、読んだのでした。他には、NHKや毎日・讀賣新聞、などなど。コアラテレビは二回目です。ちなみにコアラテレビとは、地元のケーブルテレビです。

 教室立ち上げ当時は、何とかただで宣伝しようと、取材されそうな企画をわざわざしかけ、ニュースリリースのようなものを新聞社に送ったりもしました。以前の仕事柄、どんな企画なら、どんな売り込み方なら取材されやすいか、が分かっていたからです。(その反対の、絶対取材されない、嫌われるパターンも分かります)

 でも、最近はそうしたことにあまり興味がなくなり、やってませんでした。今回の取材のテーマは、「小学生対象の、ちょっと変わった習い事」です。うちのような作文教室など、あまり存在しないので、取材対象となったようです。

 取材は2時間ぐらい、授業ブラスアルファです。放送されるのは2、3分。「わんぱく放送局」という番組の特集コーナーらしい。なのに、まだ明日の授業のテーマが決まっていない。どうしよう??思いつかない。コアラのお姉さんは、「他にはない、ユニークなテーマや作文」を期待されているようだ。と言われてよけい悩む。

 ユニークなテーマはたくさんある。でも、授業は生ものだ。とくにうちの授業は「生の対話」を大切にしている。だから子どもがこう反応するだろうとか、こんなことを書くだろうということは、期待できない。もちろん、これまでの経験から、大まかにはわかる。がそれでも、その時の子どもの構成、状態、そのテーマに乗ってくるか乗らないか。ライブだからこそ、私だけではどうにもならない、子どもと私の両方で作っていかなければならない部分が、大きいからだ

 どーしよ、どーしよ。心の中で、私がウロウロしてる。とりあえず、取材が入る午後1時の「小4クラス」のメンバーには、電話しとこう。「遅れてくるなー」とか。あと、授業中興奮して、鼻血出す子もいるので、落ち着いて、と。(元輝、キミのことだ)。

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★子どもに感動的な作文を期待するのは、もうやめよう!

 「娘が学校で書いてきた作文を、見て欲しいんです」。教室の子どものお母さんから、電話があった。題名は「プールに行ったこと」。読んでみると、プールに行って帰ってくるまでのことを、スケジュールメモのように書いているのだが、肝心のプールで泳いだことについては、ほんの2行しか書かれていない。教室ではこういう作文を「スケジュール作文」と呼んでいる。小学生にはよーくありがちな作文だ。「読んでも面白くないんです。もう少しなんとかならないかと、、、」とお母さん。

 かなり思い切ったことを言います。無理です!これ以上は書けません!お母さんとしては、プールで泳いだ様子を生き生きと書いて欲しいと思うのは、よーくわかります。でも、無理なんです。今すぐは。

 理由その1。作家の井上ひさしも言っている。 
 
 『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』(新潮文庫)の164ぺージを開いてみる。・・・「遠足に行きました。楽しかった」。大人にしてもプロの物書きにしても、これしか書けない。プロでも書けないことを、小・中学生に要求している国語教育が間違いだ。・・・要約すると、こんな風に書いてある。

 「丸谷才一さんの言葉を借りますと、日本の国語教育は、全生徒をすべて小説家か詩人にするつもりでいると。これが日本の国語教育の根本的な欠陥です」(同ページから引用)とある。

 同感です。教室を9年ほど続けてきて、私もやっと悟りの境地にたどり着いた。なーんていうのは大袈裟だが、私もすごく苦しかった。何年も教室の通ってくれている子どもで、ちっとも上手くならない子がいる。私の教え方がいけないのだから、何とかしなくてはと。確かに、クラスで一人二人、上手い子がいる。でもそれは才能なのだ。教えたから上手くなったのではない。絵が上手な子がそうであるように。

 最近ようやく分かった。そもそも「上手く」と、大人が勝手に思い描いている「像」が、違うのだ。大人が思い描く「上手い作文」とは、まさに遠足や運動会などのできごとを、場面描写して生き生きと書き、読んだものに感動を与えるような作文だろう。しかし、書けないのが当たり前と、まず心得なければいけない。

 あるいは、読書感想文。あらすじだけ書いて最後に「面白かったです」としか書けない。もっと、感想や意見を書きなさい。思ったとおり書きなさい。と大人は言う。しかし、書けない。だが、期待するほうが無理で、書けないのが当たり前なのだ。それをやらせようというのだから、みーんな作文も本も大嫌いになる。

 じゃ、どうしたらいいの?って。まず、あきらめましょう。そこからです。(次の記事へ続くよ、きっと)

 ★Sちゃんのお母さんへ。もしこれを読まれていたら、Sちゃんは、小2という年齢から見ても、とても論理的で、文章が上手だということを、分かってください。だって、どこを読んでも訳のわからない部分、ないでしょう?そして、感動的な文章をいますぐ要求することが、間違いだってことと、それは日本の国語教育全体を変えていかなければならない問題だということを、ご理解ください。
 それから、あの作文はきっと、学校の先生が「会話」の書き方を、指導したかったのではないですか?

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2004.06.17

6月のアゲハ蝶

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6月のアゲハ蝶に出会った。

真っ赤に咲いた道端のユリの上を、

ゆらゆら、ゆらゆら舞っている。

風もないのに、まるで風に吹かれたように、

ゆらゆら、ゆらゆら。

強烈な赤の誘惑に、無邪気に舞い降りた

軽やかな布の切れ端。

真昼の太陽光線が、視界を白く射抜き、

ゆらゆら、ゆらゆら、熱気が立ち上る

もう、揺れているのは蝶ではなく、

私だ!

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2004.06.16

★それはダメ、今言ってもダメ、早く言わなきゃダメ・・・

 高校受験の練習課題として、②「大切なもの」という作文を書いた時のことだ。中3の栄ちゃんは、「野球のグローブ」をテーマにして書き始めた。こうした場合、部活での練習や大会で、どのうようにグローブと共に過ごしたかが、何か一つ書ければばっちりだ。あとは、それについての思いや、これからの思いを書けばいい。

 な・の・に、、、その実体験がさっぱり書けず、替わりに「とても大切だ。かけがえのないものだ。これからも大切にしたい。大切なグローブ!・・・」などと、同じコトバが繰り返されてばかり。コトバが滑ってる。結局、3回も書き直してもらったが、上手くいかない。油汗の染み込んだヨレヨレの原稿用紙が、彼の心を映していた。

 90分3本勝負。苦闘した授業も終わろうとしている、正にその時、突然!栄ちゃんは「ムンクの叫び」のように頭を抱え、情けない声で叫んだ。

 「あぁ、オレ、グローブなんて大切じゃないんだよなぁぁぁ」

 そのとき突然、私の頭の中で、それはダーメ、今言ってもダーメ、早く言わなきゃダーメ、ダメッ、ダメッ、ダメッ・と、トータス松本が歌い出した。ウルフルズの「だめだめソング」を。トータス松本、呼んで来たいぐらいだ。目の前で歌ってほしいよ。私も一緒に歌いたいぜ。まったく。「だったら最初からちゃんと、大切なものを探せーーー」。

 文章には、根本思想が出てしまう

 でも、彼はそのあと閃いた。「そうだ、バットだ!小3の時に買ってもらったバット!」。そう叫んで、彼は黙々と原稿用紙に向かったのである。

 いい加減に書いていた90分は、ムダだったのか? いや、そうじゃない。彼にとってはムダではなかった。自分の奥にしまってある、大事なものにたどり着くまでに、不要なものを書き分けていく時間が必要だった。それが最初の90分だったのではないだろうか。でも、次は最短距離を行け!

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2004.06.15

★「そらにはいけないからです」

 小2の舞ちゃんは、お友だちとこんな遊びをしているんだって。それはね、お家に帰ったら、夜、必ず空を見るの。それで星が出ていたかどうか、月が出ていたかどうかを、紙に書くんだって。月が出てたら、どんな形の月だったか、ちゃんと書くんだって。そして次の日学校で、二人で書いてきたものを、見せ合いっこするの。それを毎日するんだってさ。

 舞ちゃんは、そんな話をしてくれた。素敵だね。二人でどんな話をするんだろう? 月の形が毎日変わること、不思議だよね。きれいだよね。日によって、形だけじゃなく「色」も違うだろうし。ねえ、星は夜だけじゃなく、昼間も出てるって知ってた? 「見えぬものでもあるんだよ」って、詩人の金子みすずも、言っている。二人の遊びは、詩的な美しさや、自然への驚きや、天文学や、いろいろに大きく咲いていく、小さな小さなタネだなと思った。
 
 空や海、雨や季節への小さな思いが、作文の中にもこぼれていた。

 「わたしはそらとうみでは、そらのほうがすきです。わけは二つあります。一つめは、うみにはいけるけど、そらにはいけないからです。二つめは、そらにいってみたいなー、どうなってるのかなーと、おもっているからです」(舞)
 
 「わたしは、はれの日と雨の日では、雨のほうがすきです。なぜなら、水たまりにおちてくる雨のしずくの音や、水たまりにおちてくる、水のうえのまるいかたちが、おもしろいからです」(小2・みほ)

 「わたしは、たいようとつきでは、つきのほうがすきです。なぜなら、ゆうごはんがたべられるからです」(小1・ちっち) マラソンのコースを、ポーンとはずれて行っちゃったのね。

 「わたしは4がつと8がつでは、4がつのほうがすきです。なぜなら、あたらしいおともだちと、あえるからです」(小1・なみ)

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2004.06.14

♪愛を込めて★tiffany田沼様、のぶこ様、みーや様

 ★tiffany田沼様。教室の子どものお母様からのコメント、初めてデス。うれしいなーーありがとうございます。天才画家・大ちゃんのママです。それにしてもティファニーって、いったい??「なんですか?」って、この前お聞きしたら、「ハンドルネームです」って。それはわかるよーー。だからどんな意味なのかなと。

 そういえばうちの子も、生後一ヶ月までは、宇宙と交信してました。寝ながら、スピピピっと音をさせて。でもいつからか交信しなくなりました。電波が途絶えたのでしょうか。その時からすっかり地球人です。思えば、子どもはどの子も宇宙人的要素をもっているはずです。「未知なるもの」という意味で。世の中の「縛り」をかけつつも、その「未知」を尊重しなければいけませんね。ティファニーさんが、大ちゃんを「楽しむことにした」というのは、その意味でとっても素敵です。また、大ちゃんの奇才ぶりを教えて下さい。

 ★のぶこ様。教室の中学3年生の登場だーーー。うれしいよ。ありがとう。それにしても私が「いい授業だった」と独り感動しているのにもかかわらず、「え?そんなことやったっけ?」というリアクション。すばらしい!実にすばらしい!世の中、こんなもんですって。「お題」の投稿って何?のぶのぶが書きたい「お題」があったら、どんどん投稿して下さい。この前休んだときの、入試問題やってみた?来月顔を見せてください。まってるよ。

 ★みーや様。つくばからのコメント、ありがとうございます。つくづく「B型らしい方」なんですってね?私は「几帳面で真面目な」A型なのでちょっとうらやましいです。血液型って、ホントに当たりますね。先日H氏から噂をおききしました。つくばで「ラボ」(英語教室)をやってらっしゃるんですね。 
 
 みーやさんのコメント、全く同感です!!英語であれ、作文であれ、単に道具を磨くためだけに、みーやさんもわたしも、教室をやっているわけではありません。ある程度道具が使えるようになったら、「何を表現したいか」があってこそ、表現がどんどん磨かれていくし、本当の学力として身についていく。

 ブレスヴォイスアーティストの福島英さんも言っています。「まず、出してみなさい」と。出してみると、何が言いたかったか、何が足りなかったかがわかってくる。最近の人は、発声や歌を教えて下さいと、やってくる。でも、何年基礎をやっても、どんなに基礎が美味くても、一番肝心なものがない限り、ダメなものはダメなのだそうです。その肝心なものとは「自分が何を表現したいか」とか「自分をどう声に乗せて表現するか」だそうです。 

 ただ、子どもはまだ成長途中だから、そのへんは大人と少し違うかもしれません。(大人も成長途中だけど)。叩き込む基礎といのも必要です。でも本当に学ぶべきは、その先です。「出したい自分」に出会ったとき、どう出すか。何度も失敗したりして、道具としてのコトバを常に磨き、次にどう出すか。道具のよき使い手になってほしいものです。

 どんな立派な金槌があっても、家を建てようという意欲がなければ、意味がありませんから。

 みーやさんのホムペです
 
http://www.labo-party.jp/hiroba/space/nishiyasu/

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☆検索ワードランキング! コトバが生まれる瞬間

 今週は、いたって真面目モードです。私自身ずっと、千葉県公立高校入試の作文問題にかまけておりました。

 何か書きたいなと思って、とりあえず書き始めて、書いているうちに、書きたいことが見てきます。いつもそんな風に、私は文を作っています。最初から「何を書きたい」ということがあるわけじゃなく、コトバになって出てきた瞬間、「自分の考えに出会う」感じです。

 もっと言うと、自分の混沌とした中から、何かが出たがっていて、それがコトバになって自分の外に出た瞬間に、そのコトバに一番驚いているのは、もしかして自分かもしれません。文字になって見えたとき、「いいこと、言うじゃん」って思う。「何でこんなコトバが生まれたのか?」自分でも不思議に思うこともあります。

 さて、★6月7日(月)から13日(日)週間ランキング(3件以上の検索ワードのみ)

1 、作文 11   2、 高校入試 10   3、 半数近くが 6   4、 ぶんぶんの落とし穴 4   5、 さるぐつわ 3   6、 ドラマ 3   7、 岩崎秀太 3   8、 赤い月 3(←検索数)  (このうち、作文、高校入試、半数近くが・・の三つセットで6件の検索がありました)

 岩崎さん!ランキングに入ってるよ! 昨日の「抽象画を書く」講座、とても盛況だったようですね。 今度は幽体離脱講座でも?! 今週は友達と飲んでて、エンタの神様見れなかったよーー、神様ごめんなさい。

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2004.06.12

●笑う作文講座●公立高校入試の解答編③\(⌒O⌒)/

 続きです。道案内の作文を書くときに、教室では次の二つを指導しました。

1、最初に、道全体の見通しを示す。(道の特徴、徒歩○分、○メートルなど)
2、①路上の目印(薬屋のある交差点、花やの角、T字路、三さ路)を明確にする。
  ②右折、左折、直進など。方向と、曲がるかまっすぐ進むかを、明確にする。

 以下、教室の作文の中から、曖昧な表現を指摘してみる。

 「まっすぐ行かずに八百屋で曲がってください」→「まっすぐ行かずに」は削除し、「八百屋の角を左に曲がってください」

 「そして一つ目の信号を右折して」→「・・一つ目の薬局のある信号を・・」

 「正面のパン屋を右に曲がります」→「パン屋の角を・・」

 「八百屋の横の道に入ってください」→「・・八百屋の角を左に曲がって下さい」

 「途中で米屋がありますが曲がらないで下さい」→「正面に米屋のある三さ路を、左に入って下さい」「米屋の前で道が二股に分かれています。そこを左に進んで下さい」など

 「右に行って下さい」→「右に曲がって下さい」・・・とくに気になったのはこの表現だ。曲がるのか、まっすぐ行くのか、明確に指示したい。また、目印となる薬局、八百屋などは、解答者が指示しやすいように、親切に地図上に書かれているのだ。そうした出題者の意図を汲み取って、適切に使おう。これこそが本当の「読解力」というものだ。

 いつもアバウトな私が、何故ここまで明確さを求めるのか。それは受験問題だからか? と問われれば、確かにそれもあるが、真意はその奥にある。「道案内を受ける側の立場になって答える」=「受験の正答」となるからだ。

 想像してみてほしい。道を尋ねたおじいさんは、道を知らないのだ。ならば、おじいさんが頭の中で、道順を立体的に、印象深くイメージでするためには、どのような説明が親切か。そう考えると、曖昧な表現でなく、目印や方向、曲がる曲がらないの指示を、明確にコトバにすることが、大切に思えてくるはずだ。

 最後に、この入試問題は「難問」であったのか。私はそうは思わない。それどころか、暗記した知識だけでは対応できない点で、とても良い問題だと思う。総合的な力を使って、考え、そして表現していく力こそ、今の義務教育に欠けている点ではないだろうか。だいたい、この程度の問題文が読み解けなくて、どうする??難しいコトバなど一つもないぞ。

 「読解」とは、文章の向こう側にいる「人間」」を読み解くことだ。そこには出題者の意図だってあるのだ。そして想像力を使え!思いやりとは想像力だ!そして他人を思いやるには、具体的で適切なコトバが必要なのだ。だからコトバを学ぶのだ。そして相手に分かりやすく表現すること。まさに「コトバはコミュニケーションの道具」と、ひゃくたさんが右コメント欄で書いているが、同感である。「分かりにくいか??高校受験作文」のコメントを読んでほしい。(もちろんそれはコトバの一側面にすぎないが)

 そういう意味で今回の「作文問題」は、今の義務教育の弱点を顕わにしたと言えよう。この前の神戸の小学生殺人事件以来、「作文の敗北か?」と私は悩み続けているが、義務教育に携わる人間は、この問題の前で、「義務教育の敗北」をしっかりと受け止めて欲しい。そこから、何かが始まることを、期待して。

 

  

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2004.06.11

●笑う作文講座●公立高校入試の解答編②\(⌒O⌒)/

 入試問題を読み終えた信也が、いみじくも言った。

 「そうか。どうしてこの問題が分からなかったかが、分かったよ!(1)でおじいさんの様子を仮定しなさい、とあるけど、その意味が分からなかったんじゃない?」

 その通りだと思う。第一の問題点は、「仮定」の意味が分からなかったか、読み飛ばしたか、だろう。

 問題では、ア、急いでいるようだ  イ、体力がなさそうだ  ウ、とても元気そうだ  エ、発表会までには時間の余裕がありそうだ

 の中から、仮定する。つまり「自分が作文を書きやすい」という視点で、選べばよい。しかし、一般にテストでの選択肢は、「正解」を選ぶものだ。日頃、「正解はどれか」に慣れきっている子どもたちは、「正解」を求めてン「出口のない迷宮」をさ迷ったのではないだろうか?ここではそういう意味での正解などない。どれを選んでも正解なのだから。

 第二の問題点は、「仮定したおじいさんに配慮して書け」というあたりだろう
・急いでいる、または、元気なおじいさんを選択した場合→Aの道を書く(急な上り坂があるが、近道)
・体力がない、または、時間の余裕ありのおじいさんなら→Bの道(距離は遠いが、平らな道)

 このように選択すれば、「配慮」したことになる。この組み合わせで迷う人は、あまりいないのではないか? あとは「配慮して書く」は、どうしたらいいか? 

 「道案内」などの作文では、最初に全体の見通しを示す。という文章上の法則を、教室では教えている。理由は、道案内を受ける側に立ってみればわかる。そのほうが、聞く心構えができて、分かりやすい。

 ここでは、問題文の中のA、Bそれぞれの「道の条件」を使って、このように最初に書くとよい。
 「途中、急な坂道がありますが、近道をお教えします」・・・Aの道
 「少し遠回りですが、平らで走りやすい道を、お教えします」・・・Bの道

 教室での珍答を、少々。
・ここは急な坂道なので、自転車を降りて歩いて行った方が、いいと思います。←元気なおじいさんに失礼だ!(笑)
・お気をつけて下さい。お孫さんの成功を祈っていますよ。もしよかったら、一緒に行きますよ。←蛇足!

 気持ちはわかるが、これらは、「一般的なおじいさん」に対する配慮であって、「あなたが仮定したおじいさん」に対する配慮ではないよーーー

 ここまできてやっと、道案内に入れる。第三の問題点は、指示を明確に出せないという点だ。
(ふー、何度も文章が消えたりして、疲れたので、休憩します)次のブログへ続く。
 

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●笑う作文講座●公立高校入試の解答編①\(⌒O⌒)/

 今年度の千葉県公立高校入試で出題された「作文の問題」↓を、ぶんぶん教室でもやってみた。

 http://www.tokyo-np.co.jp/04_k-shiken/cba/cba-ko/ko7.shtml

 高校入試において作文は、国語のテストの一部として出題される。今年度の問題は、「おじいさんに道を尋ねられ、道案内をする」という作文だ。先日このブログでも紹介したように、受験生の半数近くが0点だったため、「難問」だったと言われているようだ。が、果たしてそうだろうか?

 教室では、中1から中3生まで、何も説明なしで取り組んでもらった。解答時間は学年にもよるが、30分と多めにはとった。たぶん時間をかけたお陰で、熟考することができ、だいたいの子どもたちは、問題の意味は理解した。結果、私の欲目で見て、7、8割の出来栄えだったのかな??ただ見本にしたいような「正答」は、残念ながらなかった。また、中一生には、テストなれしていないためもあり、とても難しかったようだ。

 「正答」にならない一番の問題点は何か。それは、道案内の時の言葉遣いや、指示の出し方が、明確でないということだ。なんとなくは道案内できているのだが、ポイントを明確にしていない。もちろん実際の道案内なら、身振り手振りもあるし、十分伝わると思う。しかし、ここではテストの「正答」としてみなければならいい。  

 そこで、注意点を2、3教えてから、再度挑戦してもらった。みんなほぼ書けていた。ほんの少しポイントを押さえておくだけで、「道案内される人にとって分かりやすい」=「正答」が、誰でも書けるようになるものだ。

 そこで、「正答」の一例を、以下に載せてみる。これならまずまずかな?という例だ。なーんて言われながら紹介されたら、今ごろ西田、怒ってるだろうな。でも、これに耐えられるのは、西田☆キミしかいないんだ!だいたい、最初に10分ちょいで書き上げてしまったのは、西田☆キミだけだよ。立派。西田、ポイフル、うまかった。さんくす・・・

★以下、解答一例。なおこれは、(エ)時間に余裕がありそうだ、を選択し、Bの道の案内をした場合です。

 今から、教える道は、遠回りですが、平らで走りやすい道です。まず、薬局がある交差点まで行き、右折します。その後しばらくまっすぐ進んでいきます。しばらくすると、信号を二つ通りすぎます。すると、書店があるT字路に出ます。そこを右折します。右側にある花屋をすぎ、八百屋の角を左折します。すぐ右折したら、左側に公民館があります。(159字=原文のまま)(中三・西田)

★なお、「道案内」などを書くときの注意点と、今回の入試問題が、なぜ解答率が低かったかについては、次のブログに続きます。

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2004.06.09

★オマエの居眠りは「仮眠」でなく「惰眠だ」ぞ!ダミン!

 「こちら○貫書店です。ご注文されている『月間言語』が、もう4ヶ月分もたまってます。早く取りに来て下さい」って何度電話が来たのだろうか。ちっとも取りに来ないお客に飽きれて、頭の薄い店主が「お宅どこですか?」と、教室まで持って来てくれたこともある。親切な人だ。だから本の注文は、私はネットではなく、この書店から注文している。特に急ぎでもなければ、二週間かかって届くその「間」も楽しい。それでまたかかってくる。「ご注文していた○○が届きました」って。で、またしばらく取りに行かないんだから。←これはもう「間を楽しむ」って言うより、「間延び」しちゃってるよね?

 そんなめんどくさがりで、怠け者の習性のお陰で、『月間言語』3月号(大修館書店)を昨日手にした。その中に、「カウンセラーに求められる『聞く力』」という記事がある。東京都立大・臨床心理学・岡昌之氏の書いたものだが、記事の最後に詩が載っていて、それが\(⌒O⌒)/なの! カウンセラーでなくても、こんな風に生きられたら素敵だな。「聞く力」って、こんなに難しいものだったのかと、思い知らされる。(以下、独り言風に)
 
 この中のたった一行でも、ちゃんとできているか?ワタシ。
 オマエの居眠りは「仮眠」でなく、「惰眠」だぞ!だみん! 

 やっと本題。「カウンセラーの聞く力は、たとえば以下のような日々の努力と工夫によって培われる」と説明された後に、次の詩が載っている。
  
 人間を信ずること
 自分を知ること 
 正直になること
 よく見ること
 
 疑うこと
 畏れること
 思い出すこと
 諦めること 

 体を大事にすること
 しばらく待つこと
 こだわらないこと
 落ち着くこと

 モーツァルトを聴くこと
 ベートーベンを聴くこと
 ビートルスを聴くこと
 童謡を聴くこと 
  
 色彩感覚を養うなうこと
 粘土遊びをすること  
 言葉遊びをすること
 ドラマ感覚を養うこと

 大人になること
 子どもの心を生きること
 社会意識をもつこと
 独りを楽しむこと

 万巻の書を読むこと
 仮眠をとること
 今を生きること
 地球の歴史を考えること

 相手を認めること
 間を大切にすること
 自分を出すこと
 耳を澄ますこと
 

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2004.06.07

☆検索ワードランキング 今週の第一は?

 まいど♪ 自己満足の世界ですみません。てか、ブログってもともとそういうものですよね?で、今週は期待の「sovaうさぎ」が、果たして1位になったか?それとも・・・ドキドキのランキングです。

★5月31日(月)から6月6日(日)週間ランキング

1、エンタの神様(7) 2、ぶんぶん教室(5) 3、落とし穴(5) 4、sovaウサギ(4) 5、ぶんぶん(4) 6、大谷岳(4) 7、尾崎豊(4) 8、ぶんぶんの落とし穴(3) 9、育心(3) 10、赤い月(3)

 「エンタの神様」が1位とは。「ぶんぶん教室」が2位でも、許す。だって、私の信仰している神様だもん。残念ながら「ソバうさぎ」4位。大阪「育心の大谷さん」結構人気です。「尾崎豊」は静かなブーム再来か。「赤い月」しぶとい。  
 最初の頃と違って、エッ○な検索ワードがなくなってきたのは、ひとえに私の記事が真面目モードになってきたからか?ちょっとやだな。何とかしなきゃ。

 最近、面白かった検索ワードを紹介します。「新興宗教一覧」・・・これで、私の記事「新興宗教にハマッてます」が検索され、「エンタの神様」とかって出てきちゃったら、どんな反応するんだろう??ちょっと見てみたい。

 もう一つ、今までで一番長い検索ワードは、「掌に刻まれた歪な曲線」・・・ミスチルの曲「掌」の歌い出しの歌詞でした。

 さて、週間ランキングですが、3件以上の検索があったもののみ、ランクインされます。ニフティのブログサービス「ココログ」には、自分のブログへの「アクセス解析サービス」があります。一日のアクセス件数とか、どんな検索ワードでここへ来たか、などがわかります。やっぱり何人の人が見てくれたカナ、と気になるところ。まだ、ブログ始めて一ヶ月だし。。。あと、「検索ワード」からは、文章にどんなコトバを入れれば、人の記憶に残るかとか、ヒントになりますねぇ。

 【閑話休題でした】ちゃんちゃん。

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2004.06.06

★コトバは人を殺しもする

 長崎の小学生の事件について、考えている。今ごろになって新聞見たり、インターネットのニュース見たりして。私はいつも「子どものコトバによる自己表現」に関わっているので、無視できない事件だ。我が子も女児と同じ年頃だ。事件を捉える側面はたくさんある中で、コトバやコミュニケーションという視点で考えてみたいと思う。がしかし、何をどう考えていいのか、わからないでいる。

 事件を起こした女児について、私の気になる情報を整理してみたい。

・小5の頃の文集に、何か悩んでいるようなことが書かれている。
・自分のホームページでは、クラスの人たちについての悪口も過激に書いていた。
・小説家志望だった。
・バトルロワイアルという本(コミック?)が好きだった。
・ホームページのなかで、上記のストーリーを真似た小説を書いていた。被害者の女の子の名前を登場させていた。
・ホームページの掲示板で、被害者女子に、ぶりっこ、髪型がへんだと指摘されたり、また、学校で背中に乗ったときに「重い」と言われ、気にしていた。
・ナイフを首に押し付けるなどの、殺人シーンが出てくるテレビドラマを見て、殺人を決意した。

 彼女のホームページなどでの言葉遣いは、ちらっと見た限りだが、とても大人びて早熟である気がした。私が一番「どうして?」と疑問に思うのは、彼女は文章を書くことが好きだったという点だ。小説家志望であることや、ホームページで発信していることからも想像できる。そんな彼女が、なぜ自分を冷静に見ることができなかったのか??今は、彼女の書いた内容がどうだったかは、詳しくはわからない。単に、感情的で過激で攻撃的な内容だったのかどうか。
 
 文章を書くということは、本来、自分自身を探求し、知ることにつながると思っている。また、文章を読み直すことで、自分を客観的に見ることもできる。だからこそ私は、つたないながらも作文教室をやっているわけだ。ものごとを深く冷静に考えることができれば、殺人という犯してはならない「自己表現」を例え考えてみたとしても、実行するところまでの時間や空間の「間」の中で、冷静になることもできたと思う。

 なぜ、殺人を起こす前に、自身で冷静に深く考え直すことができなかったのか。これじゃ、作文の敗北じゃないか!!どんな文章を書いていたにせよ、彼女はコトバで自己表現をしていたのだ。たとえそれが、インターネット上であろうと、書いてる自分は「生身の自分」だ。ネットのこちら側とあちら側には、常に生身の人間がいるのだ。生身の人間として、自分の「内側」でどうして自分を引き止める「なにか」がなかったのか。むしろ文章で自分自身を過激なほうへと追い込んでいったのだろうか。

 彼女を殺人者に至らしめる前に、なぜ、彼女の「外側」にも、引き止めるものの「なにか」がなかったのか。それは周囲の人のさり気ない言葉だったりするのに。それどころか反対に、殺したいと思ったとき、そこで後押しするものが、いくつか重なってしまったという「間」「魔」の悪さがあったのかもしれない。

 私の作文の師・宮川俊彦氏はいつも、人の行動を全て表現としてとらえ、【作用・反作用】で考える。そう考えると、殺人を犯した彼女は、人を殺そうと思うほどの【作用】を、相手のコトバなどから過敏に感じ受け止めてしまい、その【反作用】として相手の命を奪ってしまったというのだろうか。

 コトバは人を殺しもする。折に触れ、教室の子どもたちに言っているコトバだ。今回はコトバをうけた受けたものが死んだのでなく、反対に人を殺してしまった。

 ちなみに、以下のニュースサイトは、関連記事をまとめてあって、とても見やすい。
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/sasebo.html

 

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2004.06.04

★テレビ・・・子どもに自由なんてないの!

 その日は、「10時以降テレビは見るな」「イヤ、今日のドラマは見たい」で娘と喧嘩になった。平日は遅くまで見ないということと、遅い番組は子供向けにはできていない、というのが理由だ。テレビは、親と話し合って決めたルールの下で見てほしいと思っている。私の条件は、「平日は10時以降は見ない。決めた番組を見る。できれば一日一時間以内が望ましい。週末は多めにみる」。だいたい部活して、塾行って、宿題があったら、そんなに時間がないはず。

 このことで伝えたかったのは、何もテレビに限ったことではない。子どもは親から許可されているからこそ、できることがあり、許可されていなければ、してはいけないことがある。それが例えどんなに見たいテレビ番組であったり、どんなにやりたいことであってもだ。親に保護され守られているということは、反面、制限され縛られているということだ。何でも自由じゃないということだ。それをはっきりさせておきたかった。今年14歳になる、微妙な年頃だからこそだ。

 喧嘩の末の娘の詫び状には、娘の見たいテレビ番組と理由が、書かれていた。まあ、そういうものを出しなさいと言ってあったからだ。それをもとに、見ていい番組を話し合って決めるるもりだ。といっても実際は、他の家族が見ている番組も一緒に見たりしてるのだが。でも、自分が見たいと言ったもの以外は、見ないように意識するようになるものだ。自己管理ができるのは、いいなと思う。

 以下、娘の許可をとって、娘の見たい番組を紹介する。
 
★水曜 (できれば見たい「テニスの王子様」「なると」) 「光とともに」(=10時から)
★木曜 「電池が切れるまで」
★金曜 「笑いの金メダル」「ホームドラマ」(9時半から)
★土曜 「仔犬のワルツ」「エンタの神様」(10時から)
★日曜 「ワンピース」「オレンジデイズ」  

 もめたのは「光とともに」。結局見ていいことにした。理由は、月・火曜に自粛しているから。これで娘も堂々と見れる。親もグチグチ言わないで済み、気持ちいい。喧嘩してよかった!「お母さんなんてチョロイよ」と、陰で赤い舌を出されていても、構わない。

 蛇足ながら、「エンタの神様」これは、笑いとコトバの勉強になるから、是非みた方がいいと、教室の子どもたちにも勧めている。「山崎まさよしが出ていたときなんて、10時過ぎても一緒に喜んで見てたじゃん」と、娘は怒っているが、何事も原則とか、例外とかがあるものさ。ねぇ。

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★なみだくん

04-06-04_17-31.jpg
 このイラストは、娘が私に書いた詫び状に、添えられていたものだ。娘の心の中の形だなと思う。また、自分の部屋でこんな風に反省したのかと思うとかわいくて、「なみだくん」と名前をつけた。娘とのトラブルのきっかけは、テレビである。でも、私がどうしても許せなかったのは、二人で言い合いになったときに、娘が私に放ったあるコトバだ。

 そのコトバは、いまだ生生しく心に残っている。とは言え詫び状によると、娘は反省しているようだし、ここで書くと娘がすごく嫌がるだろうから、そのコトバについては書かないでおく。

 言い合いをした翌朝。私の言うことを無視して、結局前の晩はテレビを見たのだから、私もお前を無視すると宣言しておいた。だから私が作ったり買ってきた朝食は、「食べるな」と言った。なぜなら、親を無視したこともそうだが、私はそのコトバを絶対許さないという姿勢を、まず示したかったから。私自身ショックだったし、また相手が親であろうと、他人であろうと、許されないコトバであろうと思うからだ。だから謝るまで許さない。
 
 そんなことで朝は、「これはお父さんが買ってきたパン」というものをかじって、娘は学校に行った。私がその日仕事から帰ると、「なみだくん」つき詫び状がテープルの上に置いてあった。だから娘は夕食にありつけたわけだ。親もホッとるす。でも私も家に帰りたくなくて、その日だらだらと用もないのに買い物し、家に着いたのは9時半だったけど。。。

 詫び状には、そのコトバを言ったのは悪かったということ、なぜ言ってしまったかということ、そして自分の見たいテレビ番組について書いてあった。(次の記事につづくよー) 

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2004.06.03

★まず出してみなさい。

 「まず出してみなさい。そうしないと何が足りなのかもわからないからです」。これはヴォイスアーティストの福島英氏の今日のコトバです。私が購読する「ブレスヴォイストレーニング研究所通信」というメルマガからの引用です。

 これは、福島さんが書いているものですが、なんと毎日メルマガが来るのでびっくり。私もこのブログを始めて、ほぼ毎日書くのはとても辛いもんだと、実感と後悔の日々ですから、そのすごさはわかります。また、必ずハッとさせられるコトバがあります。福島さんの現場は「歌」であり、私は「作文」を教えています。同じに考えるのはずうずうしいのですが、でも「表現」として捉えるとき、福島さんのコトバには教えられることが、たくさんあります。

 作文はアウトプットです。出してみると足りないものが見えてきます。でも、インプットは学校でやっている。それどころかインプットが多くて、アウトプットが少ないことが問題だと思うから、この教室をやっているわけです。それでもやはり足りない。そこで新聞読んだり、広告のコピーであそんだり、基礎や古典としては、ことわざ・漢字・俳句かるた、百人一首などなどで遊ぶことにしています。

 なかでも今、一番子どもたちに人気なのが、四字熟語のフラッシュカードです。まずは読むだけ。慣れてきたら書き取りや意味もやりますが、最初は読むだけだと気楽にできます。門前の小僧…方式です。 

 これを作ったのは、大阪の学習塾「育心」の大谷さんです。カードはものすごくたくさんの種類があります。反対語、ことわざなどの国語だけでなく、英語、理科、社会です。社会なんか、年代ごとの暗記事項を、コトバと絵で組み合わせてあります。歴史が苦手だった私としては、もう、うなっちゃいますね。大谷さんは自分の塾の子どものために作っているから、使い勝手がいい。目の前の子どもたちに、どう教えようかという愛情と工夫がたっぷり!(大谷さんから宣伝費はもらってませんから、いや、ホントに)

 パソコンで遊べるものもありますが、詳しくはこちら。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~ikushin/

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2004.06.02

☆ついに「赤い月」を抜いたのは?検索ワードランキング

1 sad 8  2 作文 8  3 SOVAうさぎ 7  4 赤い月 7  5 千葉県 5  6 planet 4  7 ぶんぶん 4  8 エンタの神様 4  9 住宅 4  10 未来 4  11 the 3   12 入試 3  13 千葉県高校入試 3   14 松虫中学 3   15 高校入試 3

 5月24日(日)から30(土)の、週刊検索ワードランキングです。後ろの数字は、検索件数です。3件以上検索されたものだけ、記録されています。
 
 その前の週は、1位が「赤い月」11件、その前の前も1位が「赤い月」で22件でした。ということで、今回ようやくトップの座から「赤い月」消え、「作文」「ソバうさきぎ」が上位にランクイン。(sadは、「sad sad planet」で検索されたため、検索件数が倍に計算されているようです)。
 
 それにしても、恐るべし「赤い月」でした。まあ「作文」は、妥当でしょう。作文教室のネタをたくさん書いてるのだから。そして今、注目すべきは「ソバうさぎ」。実は、今週の検索ランキングの途中経過でも、な、なんと1位なんです!さあ、どうなる?皆さんのリクエストが、結果を左右します! ん、リクエスト?検索ワードっていったい???
 【閑話休題でした】 まいどーーー☆

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