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2004年5月

2004.05.30

★ハダカ

 この前、サップラのボーカリスト・そよぎちゃんからメールが来ました!るんるん。私のブログの記事「音からコトバへ、そして音へ、生身の身体へ」で紹介した、新宿のストリートが似合う、そよぎちゃんです。HP見ましたか?美人なのにかわいいの。

 前回の記事で、生のそよぎちゃんから伝わってくるものは、なんだろう? って書いたんだけど、それに対するお返事が来たんだよぉ。

 「私のうたは、例えば好きな人の前では、ありまのままの自分を見せたりするのと似ていると思います。思いきり怒ったり、めちゃくちゃ泣いたり、でも意外なほどやさしい気持ちになったり。」

 そうか。やっぱり。ハダカなんだ。「好きな人の前での、ありのままの自分」はハダカ。隠さない。気取らない。

 このブログにコメントを寄せてくれる友人・ひゃくたさんはいつも「もっとハダカになりたい!」と言っている。「誰もみたくないよ」と言うのだけど、もっと脱ぎたいらしい。もちろん、ココロのハダカだよねっ?

 ぎいちゃんという、ひゃくちゃんと私共通のオトモダチがいる。今年71歳。保育園や福祉施設をやっている彼の口癖は「ハダカで勝負」だ。毎朝6時には保育園に行き、お部屋を全部見回って、最後にトイレをチェックし、一番早くやってくるお母さんと子どもを「おはよう」と迎える。毎日やり通すことを自分に課している。「自分に縛りをかけているんだ。これができなくなったら、引退だな」。あんこうの顔がマジになって、コワオモシロイ。

 ぎいちゃんからは、「ハダカと縛り」を同時に教わった。

 別の友人は「自信なんて持ったら、面倒だ。着飾りたくないだけ」と言う。彼にとっては、「自信」までも「装飾」の道具なんだね。地位、名誉、ブランド品、お金、学歴、キャリア、プライド、、、着飾るものはたくさんある世の中で、ハダカで生きることは難しい。だからこそ快楽でもある。そう考えると、アダムとイブが住んでいたエデンの園は、ホント楽園だったんだね。ハダカだもん。

 「ライター業約10年。作文を10年教えているプロ」というモードで書いたときの私の文章は、クソつまらない!!私もハダカで文章書きたい。「全部捨てて、白紙になれ」と、ヴォイスアーティストの福島英のコトバが、気になっている。 

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★ぶんぶんのトリビア

 ボーカルレッスンの本を買った。北小金サティーの2階CDショップには、確か一冊しかなかったので、とりあえずそれを買った。そしたら、すごい本に出会った!すごい人に出会った!著者でヴォイス・アーティストの福島英に会ってみたい! と思った。書名は「これで完璧! ボーカルの基礎」 リットーミュージック発行。

 最近エレキギターを始めた。それで夢は一応バンドやることなの! で、どうせならボーカルもやろうかなって、欲張ったわけ。で、カラオケだけじゃしょうがないから、この本を買ってみた。中身はもちろんトレーニングの基礎が書かれているんだけど、至るところに福島英の「心意気」があふれてる。そっちの方にかなり感動し、実はトレーニングはまだ一度もやってません。中でも、何度も読んで噛みしめてしまうのは、あとがきなんです。引用します。

 「さて、私の研究所にも多くのトレーニング志願者が訪れます。なかには本で述べられたことを実際に体験したいという人もいます。しかし、大切なことは表現することにあるのです。そうでない人は、本当の意味では学べません。」(中略)

 「人間は、人と出会わなくては変わりません。歌は、それを成り立たせる音や言葉と出会わなくては変わりません。後略」 
 
 ここで引用した内容は、ごくあたり前のことかもしれない。だけど、私は最近見失っていた気がする。自分の教室を振り返れば、作文を書く前に「型」を教えることがある。確かにそれも大切で、子どもはそれに当てはめれば、誰でもも作文ができ上がる。「型」=「縛り」の中でこそ、安心して自由に書くことができるのだ。

 だけど福島英の上の文を読み、私はすぐに、主語を「歌」から「文章」に替えて考えてみた。「文章は、それを成り立たせる音や言葉と出会わなくては変わりません」となる。

 音というのは、この場合生きた対話、ライブのやりとりだと思う。これはぶんぶんの一番のウリかもしれない。子どもからは「ぶんぶんのトリビア」と言われている。いわゆる私が喋るのは全部「ムダ知識」なんだそうだ。(by ながつ)上手いこと言うよね。そして言葉というのは、あらゆる小説や詩などの表現だ。そして私たちは毎日の生活で、いろんな人と出会う。 

 ひとやコトバに出会って、今日、何を感じ、何を考え、何を悔しがり、何を怒り、何を悲しみ、何を喜んだか。そしてひとに何を表現したいのか。伝えたいのか。

 「どう思う?」と尋ねると、「別にぃ」「どうでもいい」「関係ない」という子どものコトバを受け止めつつ、それでも私は子どもに迫ろう。「今日、言いたいことはなあに」と。 

 ★ブレスヴォイストレーニング研究所 http://www.bvt.co.jp/

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2004.05.28

★浮き草は何故溺れないのか?

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 この絵、好きなんです。ただそれだけ。(この前ふり、一度使ったような)。でも、ホントに大好きなの!
 これは小2のゆかちゃんが、色鉛筆で描いたもの。私には絶対描けない。上手!水面の浮き草が気持ちよさそうに、風の吹くままに身を任せている。どこに流れていくのかわからないけど、身を委ねている。さざなみもケラケラと笑ってる。一瞬のことのような、永遠のことのような。
 
 実はこれは、俳人・小林一茶の次の俳句を、絵に表したものです。
 
 浮き草や 浮世の風の 言うなりに

 一茶も、浮世の風に身を任せて生きている自分の姿を、浮き草に重ねてみたのでしょうか。無自覚にいい加減に生きる、というのとは違う。だけど、あるがまま、なすがまま、(キュウリがパパ)に生きるということ。あるいは「他」の中に生きるということでしょうか。そんな生き方は、きっと気持ちがいいのだと、この絵も俳句も言っている気がします。
 そうそう、そう言えばこの私も数年前、やっと「浮き草に」なれたことがありました。プールで、生まれて初めて仰向けになって浮かべた時、すごく気持ちよかったもん!ムダにあがいたり、もがいたり、溺れたりしなくていいものね。

 そうか。浮き草ってムダにもがかないから、溺れないんだ。
 
 私もそんなふうに生きれる?

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2004.05.26

★笑う作文講座★受験2【大切なもの】\(⌒O⌒)/

 私が大切にしているものは、自分の意見だ。なぜかというと、私は小五の時、ある友達に意見が言えず、とても悩んだことがあった。その友達に初めて意見を言った時、喧嘩になった。
 私はそれでもいいと思った。人間は、意見を言い合って結果を出してこそ、人間関係というものが生まれる。私は、これからも、人間と人間とのぶつかりあいを大切にしたいと思った。(中2 sara)

人間と人間のぶつかり合いを恐れず、自分の意見を大切にしたいと思った。としよう。

 ◆公立高校受験対策◆「大切なもの」というテーマで、二段落で書く。前半は体験を、後半は感想、考えを書くこと。200字以内。

\(⌒O⌒)/なんて!テーマ設定が良いのでしょう。大切なものが「自分の意見」とは。「もの」と聞かれて「具体的な物じゃなきゃいけないの?」と、単純に考えてしまう人もいる。なのに彼女は、スパッと書きたいテーマを見つけてきてしまった。「大切なもの」と聞かれたら「物」でなくても構わないと思う。その辺りは高校の受験担当者に委ねられるが。 

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2004.05.23

★笑う作文講座★受験1「思いやり」\(⌒O⌒)/

 ぼくは、この前母と電車に乗った。その時は電車が混雑していた。ぼくと母がすわっている目の前に、荷物をかかえた、よぼよぼのおばあさんがおしながされてきた。母は、「ほら!」と小さな声でいった。とっさに理解したぼくは立って、そのおばあさんに席をゆずった。
 ぼくはその時少しいやな気持ちだった。いわれてやったのでは、思いやりではない。これからは、自分から席をゆずれる人になる。(中3・栄)【原文のままです】

◆公立高校受験対策◆「思いやり」という題で、200字以内、2段落構成で。前半は体験を、後半は感想、考えたことを書く。

【教室で】 中学生クラスでは、「受験対策としての作文」も書く。書く前には「思いやり」にふさわしい体験の掘り起こしから始めなければならない。ます、私だったらこんなことを、こんな風に書くなあという体験や例を出す。そして「友達が親切にしてくれて助かったとかさ、町で見かけた人がどうだったとか、何かあるでしょ?」「ない。忘れた」だいたい最初の反応はそんな感じ。だって面倒臭いから。とくに答えが一つではない問題を考えるのに、彼らは慣れていない

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2004.05.21

★わかりにくいか??高校入試作文

 200文字で作文を書く、ということを最近中学生クラスでやっている。公立高校入試の過去問題をやっているのだが、これについてはまた紹介するとして、今日、こんなニュースを見つけた!

 今年の千葉県公立高校入試で、作文の問題が分かりにくかったようで、問題になっているらしい。なんと受験生の半数近くが、0点と全く得点できなかった。正答率は14パーセント。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040521-00000021-san-soci

 実際の問題・・・
 http://www.tokyo-np.co.jp/04_k-shiken/cba/cba-ko/ko7.shtml

 採点基準は・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/04_k-shiken/cba/cba-ko//ko-a2.shtml

 このニュースについては、いくつかのブログで取り上げられていた。私が見たのはコチラです。
 「文を作るということ」「その後の作文問題」・・・ご参考まで。
http://gleader.air-nifty.com/blog/

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☆なーんだ、みんな○ッ○じゃん!

 「赤い月4、テレビ東京2、しゃべり場1、エッチ1、ドラマ1、人妻1、恋1、私を縛って1、高島1」・・・さて、これはなんでしょう? このサイト、niftyのウェブログサービスである「ココログ」に詳しい方なら、察しがつくのかな。。。

 私のブログにアクセスされた、「検索ワードランキング」昨日分です。「ココログ」のアクセス解析サービスを利用すると分かるんだよ!数字は検索件数です。
 
 それにしても、「エッチ、人妻、私を縛って・・・」、私のブログって一体何?って結構そそられます。あるいは、一度私のブログを見て下さった方が、もう一度見ようと思って検索したワードが、コレ? うーん。人の記憶に残るコトバって、、、なーんだ、みんな○ッ○じゃん。今これを見ているアナタ!!でしょ?

 ちなみに、今週、先週の検索ワードの中には、こんなのもありました。
 「戦争、満州、エレナ、ぶんぶん教室、落とし穴、ソバうさぎ、東海林、作文・・・」

 【閑話休題でした】・・・★注★続きを見る、とありますが、本日続きはありません。

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2004.05.20

★天才画家、台風2号を

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 上の絵は、明日関東にやって来る台風2号の予想図である。この予想はかなりの確立で的中する。なんてったって将来、ぶんぶん教室から輩出されることになっている天才画家が描いたんだからねっ!

 幼稚園の年長さんの頃に、ぶんぶんちゃんに弟子入りしてくれた大ちゃんは、絵を描くのが大好き。小3になった彼の「絵を描くパワー」は、ますます大きくなっていく。今日だって90分の間に十数枚の絵を描きまくった。作文はオマケで書くのである。なのに10分くらいの間に、作文もガーーーっと描き倒してしまう。そう。絵も作文も「描き倒す」という表現が、大ちゃんにはピッタリだ。

 私は彼の絵も作文も大好き!彼はコトバ少なだが、その分、絵や作文が雄弁だ。

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★草花アート ☆・.。

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 「お花をはった絵が面白かったね」
 「洗濯物を干したの、またやりたい!」
 「絵本を作ったのも好き」
 小2の女の子がわいわいやってる。透明ファイルに入った過去の作文や絵を見て、どの「お題」が楽しかったかで盛り上がってる。ファイルはお母さんたちが整理してくれているみたいで助かってるが、そこで堂々1位になったのが、上の写真。春に草花を採って来て紙の上に好きなように置き、セロテープではって、コンビニでカラコピー50円を取ってきて出来上がり。草花は枯れてもコピーが残る。これが意外ときれいなの!(写真はケイタイで撮ったので写りが悪い)。ぶんぶんでは「草花アート」とステキに呼んでいる。

 ナズナ(ペンペン草)のタネのハートの形。タンポポの綿毛は雪みたい。忘れな草の小さな小さなブルーの自己主張。どの花も葉っぱも不思議な形をしている。コピーをとるとそれが鮮やかに浮き出てきてハッとする。人は自然の色や形を真似してきたんだなと思う。歪さが美しい。人も同じだ。なのについ忘れて工業製品のような完璧さを子どもにも大人にも求めてしまう。私は絵が苦手。だからこの「お題」を思いついた。

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2004.05.17

★音からコトバ、そして音へ、生身のカラダへ

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 もう何度もCDを聞き、何度も歌ったんだよ。♪掌に刻まれた歪な曲線ーって、ミスチルの「掌」を。
 な・の・に!「ああ、これって手のシワのことかぁ」って今ごろになって納得しているのん気なウチの娘。「お母さん、今分かったよ。何か急に分かった」。読解力がないかどうかは別にして。。。

 「なるほど」と思った。人が詩やコトバの意味を理解するってこういうことか。何度も何度も声に出して歌って、何度も耳で聞いて、最初は意味なんか考えないで、ただひたすら音を丸ごとカラダに受け入れて、染み込ませて。そのうちふっと何かが降りてくるように、意味が閃く。もちろん本人が成長したというのもあるだろうね。だけどそのタイミングがふとやってくる。
 
 だから詩の暗唱とか、文章を声に出して読むとかって意味があるんだ。こんな当たり前のことに今気づかされた。国語の音読にも意味があったんだ。でも当たり前を疑うこともときに大事だよね。そこでもう一度、コトバを声にすることで何がわかるんだろう。

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★サナギのように私を縛って

 【改訂版】新松戸の和民で飲んでいたとき、芸術家岩崎氏が「座禅を組むと、幽体離脱みたいなことが起きて、自分を客観視できるんだよ」などと教えてくれた。つまり座禅という形で身体を拘束すると、魂が身体から抜けるというようなことかな・・・
 ふと、知人の書いたある小説が甦った。村本健太郎が書いた『サナギのように私を縛って』。もう十年以上も昔の話だが、あの頃私は彼の小説をどきどきしながら読んだことを思い出した。今私の目の前に、既に廃刊となった「海燕」1992年11月号がある。第十一回「海燕」新人文学賞受賞。久しぶりにぺらぺらめくった私は、でもすぐに記憶にあった一行をみつけた。

 「自分がなめらかな存在になりうすく広く草原いっぱいに拡大して」

 ここだ! ナナコがフジムラに、足首から肩口まで全身サナギのように縛られ、目隠しさるぐつわされ、耳と鼻にも詰め物をされたときの意識の、ほんの一端。
 
 「身体が縛られると、意識って身体の外に拡大していくのだな」とぼんやりと、しかし今になってみると確実に私の脳裏に染み付いていたんだナと思った。「縛る」のも「座禅」も同じ? 私は確信を得たくて、もう一度気になる一行の周辺を読んでみると「宇宙から地球を眺めている視点」 というフレーズを見つけた。座禅は幽体離脱して自分を見れる。「サナギ」はイキナリ視点が宇宙まで飛んで行っちゃうんだ。でもやっぱり同じだ!

 身体への「縛り」は、魂なり精神が身体から外へ出て自由になろうという意志やパワーをもたらす。そして外に出た魂なり精神は、自分を客観的に見ることができる。「縛り」は苦痛を伴うが、快楽でもある。誰でも「自分は何者か」が分からなくてもがいているからだ。「自己を知る」という快楽や「精神の自由」という快楽を得たければ、「縛り」の苦痛から逃げてはいけない! っていうか魂が自由に飛ぶのって、きっとスプラッシュマウンテンに乗ったみたいに気持ちよさそうじゃない?

 「生徒にはガチガチのスタンダードを教えるべき。そこから反発力が育つ、、、」と岩崎氏。
 「ダメなものはダメって言えない親って一体なんだろう。縛りがなければ子どもは自立もできない」と百田氏。
  
 って話しにつなげるのは、ちょっと無理? いや、大人は子どもをもっとギュッと縛れって!「自由な精神」の持ち主にしたいのなら。蛇足ながら、縛られ残された部分の感性は研ぎ澄まされるってことも付け加えておく。

 

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2004.05.16

★新興宗教にハマッてます!

 その宗教は「エンタの神様」。エンタの神様は、いちいち毎週日曜日に教会に行かなくても、テレビというつまらない祭壇さえあれば、毎週土曜日お家で拝める。お布施を強要されたりしないし、偽善の強制もない。だが私はエンタの神様を拝むときは、目が悪くならないように祭壇から3メートル離れたところにきちんと正座して見ることにしている。
 エンタの神様は一神教ではない。日本の神道のように「八百万の神」がいる。今日はラブリーな新しい神様に出会った。その神様はなんでも、尾崎豊ファンだという。アコギをお供に我が家の祭壇画面に現れた。尾崎豊が学校で授業をするというそのネタは、私のツボにハマッたのである。

 「俺たちを縛るものから、自由になりたいんだ!」かなんか言って、歌ってる。
 「柔ちゃんの前髪が言った。もう縛られるのはご免だ!」
 「掃除機のコードがめいっぱい引き出され、黄色いテープが見えている。コードは叫ぶ。もう限界だ!」
 「三足千円の靴下が言った。一人一人をもっとよく見てくれ!」
 「食器棚の奥にしまわれているイチゴを食べる時のスプーンが言った。俺たちを忘れないでほしい!」など
 
 最後に「私の授業の持ち時間は終わりました」と言って神様は去っていった。

 別に私は尾崎ファンではないけれど、ぶんぶんの中学生と尾崎の歌『卒業』を出会わせてみたいと思っている。尾崎の声は濃い。顔も濃い。透徹とした歌も濃い。まるで「おたふくソース」だ。「縛り」のない今のダラリとした中学生のお口に、「おたふくソース」はどんなお味なんだろう。
 
 「今日も笑わせていただきました」。私は神様を拝み終わって少しして、一人リビングにいたら、エレキギターが何か言った。ギターケースも何か言い始めた。ハンガーにぶら下がっている白いシャツも、ピアノの上の地球儀も、ごちゃごちゃ叫び始めた。私は耐え切れずに目と耳を塞いだ。

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2004.05.14

★コテコテ・逆輸入

 情報発信していると、反対に「よだれの出る情報」がどんどん飛び込んでくるものですね。いや、ホンマに。それも私がブログ初めて、まだたったの2週間ですよ。びっくり!やら、うれしい!やら。「くだらん情報しか集まらない」とお嘆きの人がいたら、それはその人がくだらん情報しか発してないからだと思う。いや、悪いけどホンマに。。。。っていうか、実は情報は既にあったんです。ただ私が「開いて」いなかっただけ。いや、これがホント。
   
 「松虫、クソ虫、へコキ虫」

 と言われた大阪の松虫中学校は、当時とんでもなく荒れた中学だった。生徒の親が売春を生業にしている家もあるという。そんなどん底の中学を建て直した人がいる。体育教師の原田隆史さんだ。「教師」と聞いて私は最初「ぁぁ」と興味が湧かなかった。でも、違った!
 
 今は教師をやめて、大人の人材育成に取り組んでいるらしい。彼の「自立型教育理論」は、あのユニクロやワタミの社員教育にも取り入れられているというところがすごい。だって今、ダメ教師が企業に修行に出されるのがフツウなのに、逆輸入ですよ!これは。
 まだ会ったこともないので無責任なことは言えない。が、とりあえず原田さんのトークを読んでみて↓

 ★講演録 http://www5e.biglobe.ne.jp/~ikushin/private2/harada.pdf

 「コテコテの大阪弁で語られるその講演は、迫力満点でした。私も目頭に熱いものが吹き出してくるのを止めることができませんでしたその場の感動がそのまま伝えられないのが悔しいのですが、、、」

 これは講演録をまとめて下さった、学習塾「育心」の大谷さんの弁。コテコテのたこ焼き、ええなぁ。もちろん十分当日の熱気が伝わってきた。だから私もここで紹介させてもらった。原田さんから「快感物質」が飛び散り→大谷さんへ→ぶんぶんちゃんへと、時間と空間を超えて伝染しました。→次は誰???ああ、こうやって伝染病とか、時代の気分とかが拡散していくんだ。だから百一匹目のサルが、遠く離れた隣の島でリンゴを洗うようになるんだ!

 ★原田さんの公式ホームページ http://www.haradatakashi.jp/

 *5月18日(火)の午後10時から、テレビ東京「ガイアの夜明け」に原田さんが出演予定。「マニュアルを乗り越えろ!ユニクロの改革-自立型の店長を目指して」という題です。(今週はカネボウの再生やってましたね。新しいカネボウの社長、なんと40歳ですよ。ちなみに原田さんは43歳、ぶんぶんちゃんは、、、)

 *6月19日「(土)、東京・新宿でも講演予定。

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★未来系自立型住宅

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 この絵好きなんです。ただそれだけ。全体がふんわりやさしいブルーに包まれてて、三角の赤い屋根がリズミカルに並んでいるところが好き。
 
 でも、この絵の意味を教えてもらったら、もっと好きになった! この絵は、みほちゃんが小1のときに書いたもの。「こんなお家にすみたいな」というお題で作文を書いたんだけど、その時の絵です。左から順番に、妹のお家、自分のお家、ママ、パパ、最後は家族みんなで集まるところだそうです。

 一人一人が独立しているのに、必要なときは側にいるよ、というスタンスがいい。まさに理想形!二世帯住宅を超えた、未来系自立型住宅。この形からどんな生活や、どんな家族象が浮かんでくるか?

 これなら朝までギター弾いてたって、歌うたってたって、パソコンやってたって、友達呼んでドンチャンやってたって、朝寝てたって、夜出かけたって、朝帰りだって文句言われない。朝刊配達のお兄さんに爽やかに「おやすみ」って言える。。。。と想像力をかき立ててくれる絵です。

 実家に彼氏や彼女を連れこんで暮らす「パラサイト同棲」の粘着系な不気味さより、ずっといいと思うのは、私だけぇ?→私だけぇ→?

 
 
 

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2004.05.12

★彼はここから始まるんだ..

 「嘘つきだ!だましだ!ひっかけだ!」羽ちゃんはそう叫んだ。なかなかいいキャラをしている。小5の羽ちゃんは、自分の理解の常識を超えると、必ずこんなふうに言う。彼はまだぶんぶん教室の新米で、私も彼のコトバを理解するまで少々時間がかかった。

 例えば他の子の書いた作文に対して「嘘つきだ」などと言う。悪気はないのは分かっていたけど、そう言われるとムッときて「失礼な。そこまで言うならちゃんと理由も言いなさい」などといぢめちゃったり。でもなーんか違うことに気づいた。彼のこの発言を「よくない」と言って止めてはいけないことに。彼はここから始まるんだー。そう思えたら少し余裕が持てた。☆☆☆☆☆

 「風はギターを鳴らしたかったんだよ」。この前うーちゃんの言葉を聞いた時、そこに物語の世界が息づいているのを私は感じた(9つ前の記事を見てね)。それに他の子どもたちも似たような作文を書いていたし。。。そうだ、次にこのテーマで物語を書いてみよう!一つのテーマで、ノンフィクションとフィクションの両方を書く。そうすることで、表現方法はいろいろあることを体験できるし、自分の内面にテーマが深く刻まれるかもしれない。
 
 「ギターのお話を自由に書こう」。これは書けないパターンの典型だ。そこで①登場人物はギター、カーテン、風。②最後にギターを鳴らすという話にすること。そして③「誰がギターを鳴らしたいと思ったか」を入れる。この三つを条件にした。とくに三つ目はとても大事にしたところ。そこで書く前にみんなで、いろんな場合を考えてみた。

 ギターを鳴らしたかったのは風、カーテン、風とカーテン、ギター自身というところまで話が進み
 「他には? 次が分かったら、ちょい天才かも?」なんて言ってると元輝が、
 「分かった!勝手に鳴った!」
 「そうだね。8割正解。つまり鳴らしたかったのは誰?」
 「ほこり!」などとマジに言ってる子が必ずいるもんだ。
 「だからぁ、登場人物は3人なのぉ」
 「誰も思わなかった!」またまた元輝。
 「そうだよ。誰も思わなかったのに偶然鳴ったということもある」。
 小3の彼の口からは、いつも研ぎ澄まされた言葉が飛び出す。誰が鳴らしたかとか質問されたら、必ずどんな時もその反対を考えてみるのが、一つの考え方なんだよ。
 
 そこまで来たときに羽ちゃんの「うそつきだ!」が出た。「だって誰が鳴らしたかって聞いたじゃん。誰も鳴らしてないなんて答えは引っ掛けだ。ぶんぶんの嘘つき」。嘘つきでいい。キミはそれを超えろ!

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2004.05.11

★しゃべり場・・・彼らが選んだテーマに泣けた(; ;)

 「え、今日はしゃべり場なのー?やった!」

 少し遅れてきたのぶこが、ウキウキしながらイスに座った。教室に先に来ていた中2男子三人が、「何のテーマにするか」で盛り上がっていた真っ最中だ。
 「しゃべり場」のテーマは、自分たちで決めていいよーってことにしている。ちなみに「しゃべり場」というのは、10代の子どもたちが1つのテーマについて自由にしゃべり合う、NHKの番組のこと。それをぶんぶん教室でも真似してやってるの。

 中学2年生の彼らの気分は「もうオレたちは子どもじゃない!」。そのくせ都合の悪いことは、「まだ子どもだから」と使い分ける。

  「14歳以下は人を殺しても犯罪にならないんだろ?」
  「じゃ、オレたちまだ大丈夫だ」
  「14歳未満なじゃねーの?」
  「じゃだめか?」

 何がダメなんだか。。。まあこんな感じの人たちで。大人は誰でも通った道。なのに私たち大人は、何故か「彼らの気分」を忘れてしまう。
 
 マンガ本、テレビ、ゲーム、芸能ネタ、エッチネタ。。。彼ら4人の妄想は広がる広がる。それでも彼らにテーマを決めていいってことにしてるのは、その方が楽しいからだ。話したいテーマの方が盛り上がるでしょ?ほら案の定、テーマを決めるステージでこんなに盛り上がってる。
 押し付けられたら一気にボルテージが下がってしまう。そんな彼らを見ているのも楽しい。「テーマ決まるのかい?」とちょっと不安だけど。でも気まらなかったら、それもいい。そんな感じで①楽しさ ②決定権 ③決定権を持つ者の責任 ④主体性。。。そんなものに触れてくれればいいかなと。
 ただし二つ条件がある。一つは、決めたテーマから外れないで1時間話すこと。二つ目は、討論ではなく「対話」をすること。

 「決まった?テーマは何?新しいポケモンのゲーム?」失礼ながら、まあそんなモンだろうと思ってた。ところが「え”、マジ?」というようなことが起こった!彼らが決めたテーマは「進路」だった。

  中2の冬も終わろうとしてい2月のことだ。
  

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2004.05.10

★novaうさぎ?sovaうさぎ!

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 大阪の梅田で、楽しいTシャツを見つけた。さっそく娘に買って帰ったのが、コレ。「novaうさぎ」ならぬ「sovaうさぎ」だ。
さっそく娘は、自分も参加している火曜日の中学生クラスに、それを着ていく。

 ファッションに目ざといさらちゃんは
 「あ、ノバうさぎ!」
 「ちゃうちゃう、ちゃうねん。よく見てみぃ」何故か関西弁の私。
 「、、、そば?」
 「ソバうさぎ!ほら、うさぎがソバ茹でてるよ!」

 中学生6人は、退屈な授業と部活で疲れた午後7時の頬をほんのりビンク色に染め直しつつ、しかし頭の片隅ではクールに計算してる。「今日はこのネタで、30分はつぶれるナ」と。
 これだけで終わると思うな、甘いぞ。

 私「他にはね、ムーミンが二人編み笠かぶって腰曲げて、田植えしてるのがあったの。そのイラストの下には、、、」
 皆「下には?」 
 私「下には、、、ノーミン
 「それほしい!買って」といづみ。いづみの父はお好み焼きの体臭を放つほどの、正統大阪人だ。

 私「あとね、口がピンクのたらこ唇になってるムーミンが、マイクもって歌ってるワケ。それで、ユーミン!」
 みんな床をのたうち回っている。ああ、また笑いの竜巻を起こしてしまった。これじゃ「本日のお題」に沿って、考えるなんてできないよ。さあ、どうしよう?
 
 困っていると、助け舟が出る。
 「ねえ、今日はこのTシャツみたいに、キャラクター使ってギャグネタ考えようよ!」としんやが提案。さすが「ぶんぶん歴7年」のしんや!いいネタをありがとね。
 
 こうしてぶんぶん教室の「お題」は、常に子どもの側から提案されるのである。だから私が考えていく必要はない。あーなんてラクなんだ。実はこの日、この「お題」の授業はやらなかった。近々やったらまた報告したい。しばし待たれよ!!!(今日は、ケータイで撮った写真掲載と、太字の文字が打てた!と思う、日々成長するぅ)
 

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2004.05.09

★他人の気持ちなんて簡単にわからない。だから想像するんじゃない?

 読者の方から、「何を書いているのか分かりにくい」というお叱りをいただいた。なーんちゃって!友人から言われただけだよーん。以下そのやりとりをざっと紹介します。

 一つ前の文章、ドラマ『赤い月』についての感想から。
友「何を書いているのかよくわからない。だいたいドラマ見てないし」
私「文章の裏や行間を読み取ってほしい」
友「ムダに単語を並べてもしょうがない。そこまで深く行間なんか読めない」
私「筆者の気持ちを読み取りましょうって、小学校の国語でやったでしょう?」
友「そんなもの、本人以外分かるワケない。あの質問は意味がない」
私「他人の気持ちなんて簡単に分かるワケない。だからこそ想像して考えてみるんじゃない?」
友「そんなもの、人によって答えはいくらでも出てくる。だから意味がない」

私「答えは1つじゃない。何故1つでなきゃいけないの?書いた本人も気づかなかった気持ちに、他人が気づくという
  こともあるよ」
友「それを他人に点数決められるのが、腹が立つ!」
私「学校は特殊なところだから、今さら腹立てても仕方ないよ。実際の世の中では答えはたくさんある。だからあな   たの答えが聞きたいの」
友「わざわざそこまで深く考えなくてもいいような文章を作るべき」
私「分かりやすさは大事だと思う。でもストレートに書いてしまわない方がいいこともある」
友「なら、あえて書かなくてもいいのでは?」

私「書き始めたら今書きたいことを書かずにはいられない。自分はごまかせない。何か心の混沌としたものの中から  言葉が生まれる。それが表現の世界じゃん?今書きたいことを書かずして、何を書く?」
友「ストレートに言えないのなら、言い替えればいい」
私「だからぎりぎり書いてみたつもり。言い換えたら元に戻して読み直してくれるの?」
友「分かりやすければ、、、」

 どこまで見せるか、どこまで分かりやすさを追求するのか、分かる人だけ分かればいいのか、分かり方も、分かる
部分も人によって違う。言葉で表現できることなんて、ほんの少し。でも言葉で表現できないものはない、とも言え
る。いずれにしても「分かりやすさ」は、ものを書く上での大事なテーマであることを、思い出した。

 「わかった?」

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2004.05.07

★ドラマ『赤い月』は、人妻の恋物語。

「元彼と、17歳年下の若い男との恋愛ドラマじゃん!浦山しぃ」

 昨日と一昨日、テレビ東京のドラマ「赤い月」を、ドキドキして見た。ロシアの若くて美人なスパイ・エレナを日本軍に売ったのは、高島礼子演ずる人妻・波子だってこと、あの定規で書かれた文字の「密告書」を見て、すぐに分かったよね?歌舞伎役者の中村なにがしが扮する、日本軍の諜報部員・ヒムラを、波子は自分のものにしたかったからだ。
 
 肺壊疽(エソ)の病に罹った夫が死の床で、「ヒムラだけはダメだぞ」と妻・波子に言い残し、満州で死んでいく。にもかかわらず17歳年下のヒムラに惹かれていく波子。「お父さんは冷たい土の中いるのに、お母さんは一体何をやっているの?」と娘に頬を平手打ちされる母。波子は言う。

 「おかさんが何をしたって言うの?ただ恋をしただけじゃない」

 くうっ 泣けるね。。。泣けない?
 
 ああいうのは不倫とは言わない。恋というのだ。背景には戦争や、満州での悲惨なできことが描かれていた。戦争が二人の運命を際立たせる。だからこそ恋は燃える。障害があればあるほど燃えるのが、恋。だろう?
 戦争中の男と女は、今の時代の「遠恋」なんて及ばないほどの、切なく甘い恋をしていたのかもしれない。そして波子が戦争を行き抜けたのは、紛れもなく「恋」のチカラだ。満州から日本に引き上げる波子は、帰る望みのないヒムラに「あなたを待ち続けることが、生きる望みなの」と言い残す。が、波子が最期に会いたかったのは、夫だった。
  
 「恋をしよう。夢をみよう。旅に出よう」

 ふとそんな文字が目に留まる。リビングのテーブルの上に置かれた、ビレッジブックスの「新刊案内」のチラシだ。夢は「持つもの」だと思ってたけど、「みるだけ」の夢もあるんだ。
 女性雑誌である俳優が「大学を出てからの勉強と、結婚してからのおしゃれは大切」って言ってたけど、私はそこに「恋」をプラスしたい。っていうか、恋をするからこそ内面を磨くために勉強し、外を磨くためにおしゃれをするんだ。動機が不純なただのダイエットなんて、続くわけがない。
 恋の相手は何でもいい。美しい絵画でも音楽でも、エレキ・ギターでもバンドでも、生け花でも書道でも。新しい仕事でも石ころ集めでも、恋人候補は数限りない。ただし趣味じゃだめ。 
 「恋」じゃなくちゃ!

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2004.05.05

★ガンダムの教え・・*・・*

 「平和は戦争によって手に入れられる」

 竹ちゃんはふとつぶやいた。この4月中一になったばかりの、天然系癒し系の竹ちゃんは、ガンダムが大好き。フツーにしていればいるほど、ボケてしまう愛らしいキャラが、同じクラスの中学生にウケている。戦車や機関銃などの戦争グッズが彼のお宝で、ガンダムの本から人生を学んでいる。
 「さすが竹!」「確かにそうだよね」などといわれて竹ちゃんは、顔を赤らめながら次にこう言った。

 「戦いからは何も生まれない」

 「おお!」私を含む教室の中学生6人がどよめいた。2DKのアパートが3センチぐらついた。名言だ。真理だ。しかしさっきの言葉もまた真理だ。相反することが同時に真理であっていいのだろうか?

 まあ、この際真理かどうかはどうでもいい。きっと大昔から人間が考えつづけてきた命題(思想・テーマ)であることは間違いない。手垢がついた命題だとも言える。だけど私が「おお!」と3センチのけぞったのは、ぶんぶん教室という思考実験的空間で、天然系癒し系ガンダムフリークの竹ちゃんが、命題を口からぽろっとこぼしてくれたからだ。
そうした思いがけない方向に、思考が深まってくれることが、すごくウレシイ!その日の予定にない「命題」は、ぶんぶん教室にとってまさに「お宝」である。これが「ぶんぶん」なんだよ。
 
 かくしてその日の話はどんどん変わり、空間は思考の渦巻きと笑いの竜巻に飲み込まれ、みんな盛り上がり、言いっぱなしになり、作文も書かずに終わっちまうのである。チャンチャン♪

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★戦う天使↓平和な悪魔↑

 「戦う天使と平和な悪魔、どっちが好き?」またしょうもないことを思いついて、ぶんぶん教室の子どもたちに聞いてしまった。高学年と中学生のいるクラスで聞いたのだが、7,8割が「平和な悪魔」派だったのは意外!だ。
 理由は「戦争はいやだから、悪魔でも平和なんだから、いい」。「戦う」イコール「戦争」という図式がすっかり子ども達の中に出来上がっている。それはたぶん、連日テレビに映し出される「戦争」を見ているからか。それとも学校の「平和教育」の賜物か。
 私が不満なのはそこだ。戦うイコール戦争というのは、あまりに単純かつ分かりやすい。分かりやすすぎる。そこには想像力の入り込む余地もない。うーちゃんまでもそう言うから、この病は重症なのでは?と危惧する。

 「戦う天使」が私は好きだ。悪とたたかう天使なんてカッコイイじゃん、と考えてもいいわけで。

 そう、戦うと言ってもその相手もいろいろだ。人生と戦う、世間と戦う、自分自身と戦う、過去と戦う、記録と戦う、ライバルと戦う、病気と闘う、自分の自由を奪おうとするモノと闘う。。。
 「たたかう」って大事なことじゃん。たたかえよ、もっと!勝つためにたたかえ!そして全力を尽くしたら負けてもいいよ。負けた時には「負け方」っていうのもあるってことを知ろうよ。
 
「受験戦争でたたかってますよ」「今の子どもは大変なんです」そんな声が聞こえてくる。
たたかってないよ、ちっともたたかってない。ただ、学校という中の勉強という中のテストという中の偏差値という小さな小さな世界の中で、自分のランクを決めてしまって安心しているに過ぎない。「早熟な未熟児」
 

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2004.05.04

★ヒミツ基地・・。・・。・・

 幼稚園の年長さんの女の子が、ヒミツ基地ごっこを始めた。一部屋6畳間ほどのぶんぶん教室の会議机二つの下にもぐりこんでいる。自分たちのコートを机の周りにくくりつけ、隠れ家を制作中。女の子たちはそれぞれ好きなポケモンに、すっかり変身ずみだ。私は何故か悪者のロケット団。近づくと「きゃー」と言って逃げられたり、「電気ショック」とかいう攻撃に晒される。
 その日私は彼女たちのヒミツ基地ごっこにノル気はしなかった。でもふと自分の「ヒミツ基地」を思った。そうだ、私も小さい頃、ヒミツ基地ごっこが好きだったナ。子どもの頃の私のヒミツ基地は、枯草の中だった。そして大人になった今の私のヒミツ基地を想った瞬間、心がそれに占領された。
 それは、物語の中かもしれない。音楽の中かもしれない。朝の光の中かもしれない。友達とのメールの中かもしれない。一杯のコーヒーの中かもしれない。「エンタの神様」の中かもしれない。居酒屋のイスかもしれない。プールの水の中かもしれない。MDの中かもしれない。サングラスから見た暗い世界かもしれない。ギターの隣かもしれない。デジタルカメラのアングルの中かもしれない。キャミに隠されているかもしれない。青色かもしれない。キャベツの葉の裏かもしれない。日常の片隅に、誰でももっている何の変哲もないひみつ基地。
 ヒミツ基地ごっこは、子どもだけのものじゃない。 

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2004.05.03

★風の意思

「風には意思がある」そう感じることができるのはステキ。大人と違って子どもは感性豊かだね。。。。感性豊か、この善良で陳腐な言葉で片付けてしまっては、いけない。確かに大人になるにつれ、「現実」が占める絶対時間は多くなる。時には現実に押しつぶされそうになりながらも、何とか生きてる。
 だからこそ「風の意思」を感じる力が必要なのだ。「風がギターを鳴らしたい」と感じる力は、ファンタジーの力だ。現実に疲れたときファンタジーの力は避難場所になる。自分の世界に引きこもっていられる。そして引きこもりながら、その世界で、現実では思いつかなかったミラクルな方法を見つけて、また現実に立ち向かう力を養う。
 また、ファンタジーの力は、大宇宙に思いを馳せたり、顕微鏡的世界にラブストーリーを見つけたり、自由自在縦横無尽に魂をどこへでも飛ばすことができる。もちろん他人の心の中だって飛び込めるし、共感も共有もできる。そういうのを「おもいやり」などともいうが。
 避難場所と想像の世界。それがファンタジーの力だ。心のやわらかさだ。「風に意思」があると思える人は、いじめられてもリストラされても生きていけるような気がしている。 
 あ、でも「マッチ売りの少女」は、ロウソクの火の中におばあちゃんを想像して、ついに天国へ行ってしまった。こりゃどうしたもんだか。

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2004.05.02

★ギターを鳴らしたのは、誰?

 教室の窓を開けておいたら、ギターがシャランと鳴った。風が揺らしたカーテンが、ギターの弦に触れたのだ。
「今、ギターを鳴らしたのは誰?」いろんな学年の子どもたちに聞いた。
「ゼッタイ風!」と答えた小6のうーちゃん。理由はこうだ。「風はギターを鳴らしたかったんだけど、吹いても吹いても鳴らないので、カーテンの力を借りたんだよ」。「風の意思だね?」「そう!!」と目を輝かせた。
ちなみに動物占いでは、うーちゃんと私は同じ、クールで寂しがりの「ひつじ」なのである。ちょい古かった?

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2004.05.01

★やっほー。。・・☆。。・・☆。。

こんにちは!ぶんぶんちゃんです。

やっとできました。パスワード入力するのに一時間もかかりました。
びっくりしたよ。ねっと音痴なもので。うふふ。

2004年5月1日、風薫る今日より始めます。
何を始めるかは分かりません。

とりあえず、ぶんぶん教室の子どもたちとの90分一本勝負の格闘技が、
めちゃオモシロイので、その実況中継でもしたいと思います。

なお、記事には「ぶんぶん流毒舌やお笑い」もちりばめられています。
毒に弱い方、お笑いで窒息してしまう方は、免疫をつけてから
お読みくださいね。

もちろん、みなさまからのご意見、ご感想も応募したいのは山々なのですが、
なんせねっと音痴なので、よく分かりません。
勉強するので、お待ちくださいね。

じゃ、始めるよ!

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